いまさら、でもやっぱり♪
また郷愁ネタで失礼します。
この間再放送されていたつま恋に遭遇したのだが、
やっぱりなにしろ、コレ!(追・貼り付けてみた)
永遠の嘘をついてくれ
by吉田拓郎+中島みゆき
中島みゆきの登場の仕方がいい。
持ち歌みたいだ。って、私はこっちのがいいし。
(持ち歌なのに、家族がいつも拓郎のだけ聴いてたから・・・)
さらに、なんだかかわいいよね。
また、ここで見られるなんて、
インターネットに、you tubeに、感謝だ。
また郷愁ネタで失礼します。
この間再放送されていたつま恋に遭遇したのだが、
やっぱりなにしろ、コレ!(追・貼り付けてみた)
永遠の嘘をついてくれ
by吉田拓郎+中島みゆき
中島みゆきの登場の仕方がいい。
持ち歌みたいだ。って、私はこっちのがいいし。
(持ち歌なのに、家族がいつも拓郎のだけ聴いてたから・・・)
さらに、なんだかかわいいよね。
また、ここで見られるなんて、
インターネットに、you tubeに、感謝だ。
大学時代、サークルの連絡所は喫茶店。なにしろ学生運動終焉の時期だったので、学生会館は廃墟でただのハコだった。
サークルの練習場も、音楽長屋と呼ばれる木造の壊れかけた建物で、防音設備などもなく、隣の部屋からはサックスとかドラムの音がガンガン鳴り響き、練習はできるが会話はできない。
文学部門前の「あかね」には、だからもちろん、4年間お世話になった。うちのサークルのほかに、ラグビーや、野球の同好会が入っていて、顔見知りばかりの店。昼はスパゲッティやトーストとコーヒー。夜はお酒。サントリーホワイトメインで、果てはウォッカまで教わった。酔っ払わない酒だといわれ、3人で2本空けたら、翌日えらい二日酔いを初めて経験した。
夜の音楽は、シバさんがいると、中島みゆき。いつもシバさん、暗かった。
そして、私たちはというと、飲んでる間、オーナーのまさみさんの説教を受ける。
きびしー。妥協を許してくれない。知識のなさを、勉強不足をガンガンついてくる。
果ては泣かされる。悪酔いする。家に帰れない。
あかねは私たちが卒業してしばらくして、代々木に2号店を出し、時の流れとともに、早稲田は他の人の手に移る。
まさみさんは数年前、病気で亡くなった。葬儀は代々木のあかねで行われ、もう何十年も会っていなかった常連が続々集まった。懐かしい顔。その場ですぐに昔に戻れるんだ、と知る。ほんとは他の楽しい機会にみんなで会いたかったけどね。
なんでこんなことを書いたか、というと、久しぶりにあかねに当時よく一緒に飲んだ3人組で集まったから。まさみさんの奥さんのヨーコさんが待っていてくれる。
実はヨーコさんも説教体質だ。ヨーコさんは、男子担当だった。
うだうだ飲んでいたら、何と同期男子が先輩二人を連れて乱入!懐かしかったなあ、ほんと久しぶり。当たり前のように、彼らはヨーコさんに、なんだかわからないが、怒られていた。
こんなことがあるから、学生街の喫茶店はこころのふるさと、われらが母校、なのだ。
人と話すこと、人から何かを指摘されること、反論、反省。これって、こどものうちはつらい、でもおとなになるとできない。大学という中途半端な世代のこどもに対して、あれだけ真剣に厳しく話をしてくれたまさみさんとヨーコさんがいたから、ちょっとはおとなになって社会人になれた気がする。今の子たちは、いったいどこでこのレッスンを受けるのだろうか?
まさみさん、つまりこういう人です。
まさみさんの親友であかね常連の柴田さんと書いた本。写真はすべて茜三郎(まさみさんのペンネーム)によるフォトブック。
1冊の著作

相模原の町中から少し離れた場所に、市立の博物館がある。
もうすぐ会期が終わってしまうので、学習資料展「なつかしい学校と遊び」に駆け込む。
中学校の社会科教師をしている友人が、昨年から博物館に出向して、本格的に企画した最初の展示なので。
相模原には、なんと小学校が100以上もあるそうだ。その昔は、ほとんど人も住んでいなかったような土地に、戦前に軍用施設ができ、戦後は宅地開発や工場誘致の優先地域になったことで、今や、東京近郊では最大のベッドタウンだ。
市立の博物館というと、埼玉の大宮にあるさいたま市立博物館も大きいそうだが、相模原はさらにその上を行くらしい。建物は、すばらしくきれいで入場は無料。市内はもちろん、県内各地から学校単位の見学も多いとのこと。
しかしそれにしても市の予算は潤沢なのだな、とちょっと否定的に思わざるを得ないくらいの立派な施設だ。
さて、この企画展。
なつかしいのなんのって、自分が小学校時代に見た風景そのままがそこかしこに展示されているのだ。相模原は古くから広い蔵などがある家に長くお住まいの方が多く、ほとんどの展示物は市民からの寄贈によるものだそうだ。
児童の木の机や懐かしい教卓。運動会で履いた地下足袋。当時の献立表から再現した給食。
足踏みオルガンは、実際に弾いてもよいように置かれていた。弾いてみたら、大きないい音がした。
そこのあったのは、木や紙や布で作られたものたち。手に触れて温かみを感じるものだからこそ、懐かしさがこみ上げる。
今の子供達が、大人になって今の小学校生活を思い出すとき、プラッスティックやスチール、電子機器に囲まれた教室を、あったかい気持ちで懐かしい、と思えるのだろうか。
もはや大きくなってしまった娘に、せめて今からでも、手を使ってものを作る楽しさを伝えておきたいな。

いつもは富士山とか、江ノ島とか、サーファーと波、とか寄っている写真が多いけど、新しい年の最初には、すこし見晴らしよくしようと、広い写真を上げておく。
そうしてみると、自分の視野も広がったのか、いろいろなものが手元に集まってきているのに気がついて、なんだか
B I N G O ☆
な気分で仕事始めを迎えることができた。
●昨年であったもので、きっと一生もの
その1 ボディーワーク”あいなぎ”
今年はできるだけ毎月通って続けてみる。
若い頃、エアロビをやって酸欠で倒れそうになってから、ハードな運動は敬遠してきた。それ以来私はエアロビよりヨガだが、そのヨガでさえ、ハタヨガでないと無理。そんな私が、こんなに優しく穏やかに動いて、それでいてきちんと体中を動かすことができるものに出会えたのだから、大事にしたいと思う。さらに、相方との気持ちの交流が何より内面に響いてくるのが嬉しいボディワークだ。海で山で、芝生の上でも、今年はさらにさらに個性的かつすてきなお仲間の皆さんと研鑽したい。
その2 重ね煮
今年は教室に入ってやってみることにする。
すでに、年末から本を片手に何品も作っているが、非常にいい。おいしい。自分にここちよく、家族が喜び、さらにお手軽。実は私は、料理は好きだし、これまでも教室に行ったり、料理本で再現したり、そこからのアレンジもお手のもの。しかし、重ね煮は、単なる料理ではなく、食べる人、食材、自然、いのち、そんなものまでも一緒に考えながら作り食べることができる、生活観だったりする。そんな感性を共有できるスペースで、共感できる方たちと重ね煮をレッスンしてみたい。
そうです、勘の良い方はお気づきだろうが、健康の源である、「食」「運動」「休息」の3つが私の手元に揃ったのである。
これまで恩恵を受けてきたバッチやアロマの安らぎに、あいなぎの動、重ね煮の食。
まさにBINGOです!
興味を持たれたかたがいらしたら、是非ご一緒に!ご連絡お待ちしてます。
●今年これから
不安が広がる世の中で、去年は「こころ」の問題についての仕事が中心になってきた。
その中でも、私が1プラクティショナー(実践家)として直接的に関わっていくことがさらに多くなるように思う。
講座の数も増え、接するクライアントさんも多くなってきた。
バッチフラワーやホリスティック医療の普及も、とても大事な仕事になるだろう。
コアを定めて、少しづつ着実に活動をしていこうと思っている。
手始めにこれまでほとんど手を加えていなかった講座やセッション紹介のためのHPを修正してみた。これもこれからちょっとずつ書き足していく。
BINGOカードの上には、このほかにもいくつかものが並んでいる。並んだものが何を意味するかは、私の中にはあるけれど、皆さんにはまだ今年これからのお楽しみに。
おいおいこのブログでも報告していけるようにします。
今年もよろしくお願いいたします。
最近、ネットの記事の取材をしていただくことが何回かあったので、久しぶりに自分の名前をググってみる。前は、ビジネススクールの紹介と会社のHPが上の方だったが、記事がアップされれば、それが上に来ることが多いので、情報がアップデートされるしありがたい。で、新しい記事もトップの検索ページにあったことを無事確認したのだが、なんとその下に私が”グルメのレビューアー”になっているのを発見!
恐ろしいことに本名丸出しで、ふぐやにコメントをしている。
さらに驚いたことに、行ったことのある店だ。
でも、決して断じて、私は書き込んでいない。だれだろう?私があそこで白子焼きを食べているところを、誰かが見ていたのだろうか?それも20年くらいまえ!!
ちょっと恐くて、その方を辿ることはできませんでした。不思議なことがある毎日です。
●●ジャパンは数あれど、●●が監督名じゃないのは、なでしこだけ。
大抵の女子のチームスポーツは、カリスマ監督がいて引っ張ったものだ。古くは大松博文に始まって。(ただし、あのチームは「東洋の魔女」と呼ばれたし、日本代表『ジャパン』じゃなくって、全日本の時代だった)女性は、ある意味マインドコントロール的に士気を高めないといけないから、男子と違って精神的なフォローも監督がかなりやらなければいけないような話も聞いたことがある。
でも、最近はなぜか男子チームも、監督名が冠される。
男子は名の知れたタレントがたくさんいるのにね。まあ、敗戦の責任を押し付けるには、監督の威光を盾にしたほうがいいのかな?
だからこそ、「なでしこジャパン」と名づけられた彼女たちには、戦う姿勢の自由度を感じる。
負けていても最後までゴールを目指してロスタイムに点を「入れる」なんて、最近日本の試合で見たことない。
でも、その荒川はじめフォワードを最後ガンガン投入したのは、佐々木監督だからね。最後まで勝つための姿勢を見せ続けてくれた。負けたけど、すばらしい試合だった。
選手、監督一体になってこそチームゲームだ。この間あたり、そんなあたりまえのチーム編成さえできなかった試合を見せ続けられたから、なおのこと、本当に次の3決はがんばってほしい![]()
とってもおいしいレストランで、ソースが特にすばらしかった。ナイフ・フォークをお皿の縁にかけて、パンをちぎりさあ、ソースを、とおもったら、横からフロアの男性が、ナイフとフォークを「私の」お皿に乗せようとするではありませんか?!「あのー。まだソースをいただきますが・・・。」と言ったら失礼しました、と下がってくれたが、2切れ目のパンをちぎっていたら、こんどはフロアの女性が、また同じ行為に出た。同じことをいって、下がっていただいた。一説には、パンでソースをぬぐっちゃいかん派もいるが、お皿に乗せてないナイフ・フォークをわざわざ乗せてまで下げるとは、超美味の一流フレンチのお店では思いもつかない行動だったので、ちょっとびっくりした。
●私はマナーを犯してはいないが、彼らの店のルールがそうさせたに違いない。

そう思うと、このところ、駅で不思議なポスターを見かける。ひとつは江ノ電の駅で見た、ベビーカーの親御さんへ、駅員もメーカーも頑張っています、よろしくね、という意味不明のポスター。唐突である。要は、駆け込み乗車や、自分は降りたけど、ベビーカーとベビーちゃんがまだきちんと降りてないのを確認しない、などという行為はやめてね、ということが言いたいのだが、ベビーカーをのせちゃいけないわけじゃないんですよ、的な、腫れ物にさわるような書き方が気になって仕方がない。
●ルールで縛れないから、マナーに訴えているのか。
もうひとつは、メトロの車内マナー啓蒙ポスター。これはシリーズだから間違いなくマナーを訴求するものなのだが、「家でやろう。」という強烈なコピー。つまり地下鉄の中で化粧はするな、という、これはまた、大胆にもはっきりと宣言している。ポスターとしては言い切り型で秀逸。
●電車化粧は、マナー以前のモラルの問題。ましてやルールでもないのだから、電車でやるな、といいきるのは、いかがなものか。(ただし私はモラルとして、電車で化粧をするのはやめて欲しいと思っている派。粉が周りに飛び散ってもいるしね。)
こういうマナー、モラルものも、ネット上でCGMで流れていた方がよっぽどおもしろくて理解されるものができる気がする。駅のホームは、これらの訴求にはタッチポイントとしては、もちろん最強の場所だが。
オフィスの近く(知っているひとには「ママス」の隣)に、かわいいお花屋さんが開店した。
≪SOROR≫という店名。意味は??今度聞いてみる。センスのよいモダンな色合いの花が、えー、こんな安いの?という値札がついている。なにより、遠距離通勤をしている店長さんがかわいい。
昨日は姿が愛らしいニゲラ(=クロタネソウ、キンポウゲ科の一年草)と、色がとてもクールなカーネーション。
閑話休題。
なぜか、ブログでいろんなお知らせをしようと、たくさん作ったため、作業が大混乱でほとんどどれも更新していない。さらにどれも分断されている、反省。なのでこのページにもなかなか書き込むひまがない。だから作業の息抜きで花の写真を上げてみたりして。
もとのホームぺージからなおさなければならないのはわかっているのだけど・・・。
(↓これらはごく一部なのですが、とりあえずこんなこともやってます、のお知らせ、として。)
Message Aroma
バッチフラワーの香り
「崎陽軒!」というのはわが夫。私は「揚子江」である。子どものころはよく母に連れられて銀座の並木通りの店に行っていたが、火事のあと再建まで時間がかかり、次に行くようになったのは会社に入ってから、ひとりランチになったときに、少し足を伸ばしたものだ。その後また銀座店はなくなり、今は神保町のすずらん通りの店だけ。
今日は市ヶ谷を終えて、朝から神田で行われているバッチフラワーのシンポジウムに急ぐ。遅刻しているのだが、そこはやはり母校の町、いや揚子江の町なので、しっかりランチとして、揚子江の焼売と上海焼きそばを注文して平らげてからにすることに決める。焼売は嵩高、細長い円柱形で、あんはくさみがなくしっかり豚肉の味が、薄いけれど味わいのある皮に包まれている。上海焼きそばは柔らかい方を注文。東京の中華料理屋の中ではもっともメンが細い(私が知るところでは、四谷の嘉賓のオイスターソースの焼きそばより細い)のだが、それがシンプルな豚肉細切りとタマネギともやしだけのトッピングととても合う。なつかしかったー!おいしかったー!!
ということで、すっかり遅れたがバッチの会場に。シンポジウムは、これまでの中で最も充実していたと思う。その後のバッチ教育プログラム講師の集いとお食事会も参加して、いろいろなことがとても楽しかった1日が終わる。

おみやげにいただいた、お花。1月に初めて出会って以来、頻繁にお会いしているK子さんが庭のハーブで作ってくれたもの。中心にある大きい方のピンクのバラは「オーバーナイトセンセーション」。とてもきりっとした良い香りの花だ。向井千秋さんとディスカバリー号に乗って宇宙で開花したことでも有名。この周りに、ローズマリー、ラベンダー、レモンバーム、ミント、さらに紫蘇などが盛られていて、とにかくすてきな「香り」をいただいた。うちのオフィスは、精油がたくさんあるのでそれだけで良い香りなのだが、今日はこのハーブたちのおかげでさらに清々しい。それはK子さんと過ごした楽しい時間が残した香りでもあるからだろう。
その香りの記憶をとどめつつ、お台場へ。昔の上司Y子さんの還暦祝いのパーティーだ。前の会社の集まりなので、当然知った人ばかりのはずだが、中途入社で小さい部門配属だった私は、なかなかそういう場に行くのは緊張を強いられる。あにはからんや250人もの大会場での会なので、さっそくちょっとでも親しい人を探してその影に紛れたりしてみる。
でもそこで私を昔に戻してくれたのは、Y子さんと会社との歴史をまとめた映像が流れたとき。なぜなら、そのなかでは昔からのTVCMが続々流されたからだ。会場内にも、懐かしさに浸る空気が漂う。しかしあれらのCMをすべて知っていたのは、あれだけ会場にいた多くの人の中でもY子さんと私だけに違いない。作ったときの苦労や、その前後にあった様々なトラブルから楽しかったことまで、いろんなことが記憶のなかに呼び起こされた。音と映像は、記憶とともに感情を揺さぶるものだと、改めて思う。先週の講義は広告の機能と役割のパートだったのだが、そのとき短期の記憶にとどまる広告の効果だけでなく、思い出とともに長期の記憶に残る広告の役割についても、もう少し熱く語っておくべきだったか。
さらに、お開き後数名で銀座でもう1杯。それこそ27年のお付き合いになるN先輩を筆頭に、今は皆違う仕事をしているが、何故か公に私に関係は続いている人たち。最近滅多に飲まなくなったバーボンを飲んだが、その香りも、今夜の出会いも、また新鮮に感じるから不思議。
心地よい記憶は、香りや味、映像や音とともにさらに印象深く残るものなのだ、と実感。
今日から、新しい仕事が始まった。地元のカフェの、早朝アルバイトである。そこは恐らく関東でも随一のおいしいコーヒー屋さんで(わたしにコーヒーの味を語る舌はないので、実は単に当たり障りのない形容詞にとどめただけ)、そこのオーナーもお客さんもとても摩訶不思議で素敵なひとたちなので、一度カウンターの中からお店を見てみたいと思ったからである。出勤の6時55分、朝7時から開店するその店の周りに、人はいない。でも看板がオープンを知らせると、なぜかそこにだけ人が集まってくるから不思議だ。3時間の皿洗いバイトは、お客さんとして店内にいるより緊張しないのはなぜだろう。どうも試用期間は大過なくすぎたようで、次回のシフトも入れてもらって帰宅。
そして今日は8月の間休止していた七里のフリーマーケット。もちろん、その初給料はほとんど使い果たす。いつものジーンズ屋さんと、スタイリストのお姉さんの店で。
ランチは、かねてから楽しみにしていた、フランス食堂が突如オープンしたので、開店と同時に入店。それはそれはおいしかったです ! コーヒー屋さんの隣にできたので、プレオープン情報が手に入りラッキー。きっとここもいろんなブロガーさんやレビュアーさんが賛辞を贈って、あっという間に入れなくなることだろう。そして、この時点で今日のわたしは既に赤字である。
再来週からはもうひとつの仕事(これもアルバイト・・・)が始まる。そちらに行きます、とおっしゃってくださるかたが多いが、できればそちらではなく、今日から始めたほうのコーヒー屋さんにしていただけますか?私の新しい一面(ってなに??)を知っていただけるかもしれません。
ああ、アルバイトが本業になりそうな、今日この頃。大丈夫か?!
※写真はパリのマレ!コーヒー屋さんも食堂も、わたしにとってはこんな気分です。
5月も終わりである。そして大相撲五月場所も終わった。なんのこっちゃ。って、今回も行きました、初日。
昨年の九月場所で両国に行って以来、かなりヘビーローテーションの観戦である。
九月場所は枡席で、皇太子ご一家の観戦と同じく初日観戦。初場所は抽選に当たって手に入ったチケットで2階イス席で観戦。大阪場所にも出張。お次は藤沢場所巡業。そしてこの五月場所初日。
娘の下宿の下のお部屋には、五月場所敢闘賞の出島関が住む。マンションの裏には武蔵川部屋がある。エレベーターに乗ると鬢付け油のにおいがすることがある。星がいいと、その香りもなんだかこちらの身を引き締めてくれるようだ。
大阪場所は、誘われて今話題の豊ノ島関(幕内最小兵)の応援に行った。初日前日の豊ノ島激励会、翌朝時津風部屋の朝稽古見学と連チャンのあとに、目の前で琴欧洲(幕内最長身)をころがしたときては、それは熱烈なファンになってもおかしくなかろう。
そして藤沢巡業での1枚。私がとったので、私はうつってません。土俵入り前に、激励?かっこよかったー!!

こどものころ、家に帰ると自営業の父が毎日テレビ観戦していた。そのときは気付かなかったけど、まじめに見ると、相撲は相当おもしろい格闘技だと思う。
また、相撲協会のHPでは、リアルタイムで取組映像が配信され、取組結果も一番一番更新されているので、そとにいても星取状況がわかる。もちろん序の口の一番下までである。力士の情報も過去の星取表、決まり手分析など充実。プロ野球でもJリーグでもここまではしていないかと思うと、一応の経営努力も感じさせてくれ、これも興味深い。
さらに、相撲は神事である。国技というかどうかは別にして、土俵入りの柏手や注連縄はその流れをくむらしい。そういえば国技館では、ちょっとしたパワーのいたずらか、不思議な現象に出会うこともあるのだ。
着道楽の娘の大家さん(私以上の相撲好きかつ私より年下の妙齢の女性)は、今度和服のとき、鬢付け油で髪を結おうか、とまで言い出す始末。さすがに止めたけど、局所的なブームは今、最高潮、かな?
来場所も頑張れ、出島。来場所は頑張れ、豊ノ島!
大掃除”シロダーラ”
金曜日は、年末に心身の大掃除を、と思い、予約に空きがあるのをいいことに、meenaさんにシロダーラをお願いした。頭にゴミがたまってるんですか?と失礼な(?!)ことを言われたが、確かに。無駄なゴミもいっぱい詰まっていて、健全な思考の妨げになっているな、と思い、掃きだしていただいた。シロダーラの終盤、第3の目のあたりにあった曇りが、ポンッ!と取れた感覚がして、そのあとはトリートメントの終わりまですがすがしい気分。シロダーラはα波だけでなく、Θ波を出してくれるそうで、Θ波は一説には瞑想中に出ることが多いとも言われている。豊かな時間を過ごすことができたと、感謝。
新年バッチ
やはり新しい年の頭は、素直な心をもってことを始めたい、と、日曜にはバッチフラワーレメディをセレクトした。数ヶ月前に作ったものと、見事にほとんどのレメディが入れ替わっている。今年は今まで以上にバッチをたくさんの人に紹介していきたい、という思いもあり、まずは自分から。
そしてやっぱり新年会
新年2日目にあたる今日、久し振りに職場のみなさんと、お食事会。私は個別に会って近況や野望を聞いているのだが、普段はメンバー同士が会う機会がなかなかないので、今年はよい機会かな、と大集合してみた。思ったとおり、みんなそれぞれ多才さを活かし様々な方向性の話が出て、楽しい時間だった。みんなの願いは、きっと今年ひとつずつ形になるのだろう、という気が。ル・クラージュのお料理も大満足。
中国をはじめ、アジアの多くの国では、「旧正月」と呼ばれるこの時期が新年。日本も明治までは太陰暦だったから、本来違和感がないはずだが、今はすっかり忘れられたよう。新月の時にお願いするだけの存在にしてはお月さまに失礼だな、と年の感覚もそのリズムを気にかけたいと思ったのがきっかけだが、やはりどうしても1月1日は家庭のことに気が向きがちでもあるので、仕事や社会的なことはこの機会を捉えるのって、なかなかよい。
さあ、また気持ちも新たにスタートだ。
いまさらの話なのだが、昨年、ばんえい競馬を岩見沢で初めて見た。
9月の競馬場は非常にのどかで、ビールとジンギスカンを味わい、サービスの餅まきに興じるなど、レース前から楽しむ家族連れで賑わっていた。連れが”兄弟の杯を交わした”というリーディングジョッキーさんや、会長さんに紹介していただき、調教師、ジョッキー、運営の方たち全員が子どもも含めた家族を伴って馬とともに1年中道内4都市を回っている、というお話を直接伺う機会があった。レースの迫力もさることながら、私からすれば、そんなすごい話!、と思うが、馬と北海道の大地を愛する人たちには、これが楽しい生活のすべてなのだそうだ。
このところ気をもんでいた問題に決着がつき、なんとか帯広だけは残ったが、開催日数はどうなるのか、定住の場所はあるのか、など、その後の心配も。こんな報道の流れに一番こころを痛め、振り回されてしまったのは、当事者のばんえい競馬のみなさんだろう。
インターネット中継が始まるらしいから、一度行きました、署名しました、の思い出話ではなく、これからは馬券でも買うか。前回スッた分を取り返すぞ!
(この写真、聞きしに勝る迫力でしょう?!)
今日は薄曇りで、波もほんのちょっと。それでも土曜日なのでサーファーが出ている。こういう日に散歩に行くことは少ないが、このところ、お友達のJoyさんが秋も終わる頃からサーフィンを始めて、偉いことにこの寒いのに毎週通っていらっしゃるので、ついつい、七里にいる日は様子を浜まで伺いに行くことに。おかげ様でよい運動にもなるし、潮風と波の音はこころにもよいみたい。今日はいつも大行列の珊瑚礁も並ばず入れそうなので、ランチは珊瑚礁。これが地元の特権。

で、ようやくだが、何が欲しかったかって、これ、です。(9.23の項参照、思わせぶりでごめんなさい!)
海が近いのに、これまで月1程度しか海に行かなかった。でもサーフィンもしないし犬も飼っていないから、なかなか行きづらいこともあり、カメラでもかつげば口実にもなるな、と思い立った。亡くなった父親も祖父もカメラ好きで、父はそれが高じてカメラ屋まで開いたし、私の結婚式は写真をとりまくって私の友人から、「本物の写真屋さん」だと間違われたほど。祖父は歳をとってからも休日にはよくこの近くの腰越や江ノ島に撮影に来ていてなかなかの腕前だった。ひ孫に当たる私の娘がねだって思い出のパネル写真を譲ってもらったことも。ここまでは、昔を偲ぶ系の気分。
思い立ってから買うまでは、資金計画から機種のセレクトまで、ずいぶん楽しめた。最後はヨドバシ横浜のおにいさんの説明がとてもよかったので、これに決定。広告とかクチコミとか、ネットの書き込みとか、色んな影響を受けつつ、購買意思決定プロセスを自ら体験、なかなかこちらも勉強に。
ということで、上の写真や先日の御嶽山は新しいカメラで撮ってみた。まだまだです。これから写真教室にでも通おう。
昨日は、久し振りにお堀端の最終学歴にその名を刻む母校へ。いつもこの用事の時は春休みか夏休みだったので気を抜いていたら、なんと今回は、普通の学期中。こんなことなら、恩師に事前にご連絡してお会いするべきであったと思いつつ玄関を入ろうとしたら、K先生とバッタリ(相変わらずスタバのカップをお持ちでした)。ますます、T先生、ご挨拶に伺わずすみませんモードで、玄関を入る。
ここに来るのはいつも「お勉強会」のとき。卒業以来途切れず半年に一度、数人が問題提起のプレゼンをして質疑応答をする会だ。最初は、専攻が違う人たちと議論がかみ合わない感もあったのだが、最近はむしろ全く知らない業界の経営戦略などをホットなうちに聞けることが何よりの刺激となって、結局毎回休日一日をつぶして参加している。今回は製紙業界と食材工場の技能形成、そして化学メーカーの経営戦略、非常に面白かった。このような内容が続いているのでそろそろ次回はこの勉強会を行なうきっかけとなったN先生の登場もありそう。
先週は、皇居脇にある女学校の母校のクラス会が、何故か都の西北にあるもうひとつの母校の街で行なわれた。
この2つの学校は、学んだことは数々あれど、勉強はしなかったな・・・。
だから今、失われた時間を埋めるために、勉強会と言われると、うきうきでかけてしまうのかも。
先日、最近オープンした"六本木天然温泉zaboo"に行って、サウナ三昧の挙句、90分のアロマセラピーを受け、久々に極楽気分を味わった。でも気分がよかったのは、余裕のお休みがとれたからでもお風呂がよかったからだけでもない。前の会社の後輩がアロマセラピストデビューを果たした、その勇姿(?!)を見ることができたからだ。
Kちゃんから、「アロマセラピーに興味があります」とメールを貰い、私のアロマの入門講座に来てくれてから2年以上たっただろうか?その後アロマセラピストを目指すことにした、と仕事をしながらお金を貯め、学校に通って、ついに念願を果たしたのである。
ロビーで出迎えてくれたときは、ちょっとお互い感激うるうるモード。彼女はかなり緊張したというが、マッサージはとても上手で私は大満足。多分、彼女はなるべくしてアロマセラピストになったのだろう。(24時間営業で、お疲れのビジネスパーソンにはオススメのスポットです。彼女を知る方は是非ご指名にて、トリートメントも堪能してください!)
私がアロマセラピーを教え始めてから、本物のアロマセラピストが誕生したのは初めて。セラピストになるための指導は私がしたわけではないのだけど、ちょっと誇らしい今日この頃である。
さらに、実は彼女がアロマに触れたのは、間に立ったいい加減なヤツラが作った偶然のおかげである。仕事で聞きたいことがあり、前の会社の人にメールしたところ、2回たらい回しにされ、行き着いた先が彼女のところ。何故か回りに回ったメールのいっちばん下にあった私のHPのURLをクリックして、そのページに紹介されていたアロマセラピーに出会ってしまったのだ。今となってはいい加減なTくんとMくんに感謝かな。ほんの一瞬の出来事でも、ひとの人生を変えてしまうことがおきる。だから自分に訪れる一瞬も大切にしなければ。
今とてもとてもほしいものがある。昔は家にたくさんあって、好きなものを好きなだけ使えたので、必要に応じて有りものをつかっていた。特に強い興味もなかったので、渡されたものを使うことが多かった。でも今手元にまったくない、となると、こんなにほしくなるのだから不思議だ。最近は昔のものと仕組みも変わってしまい、周りに詳しい人も少なくなっているので、ネットで調べたり店に見に行ったり、とりあえずひとりで情報収集。父も祖父も好きだったことを思い出して、さらに気持ちが募る。彼らがいたら、相談もできたのだが。
昨日の新月のお願いにも、手に入るようにお願いしたので、多分もうすぐ出会えるはず。
私にしてはちょっと珍しいこの気分、久しぶりに楽しみな毎日!
昨年の8月に「カラダ香るガム」が発売されたということで、雑感を書いたら、なぜかここ数週間、このページへの検索アクセスが、急増。1年も前のことが知りたい方たちではなく、昨年発見された技術をそのままに、切り口を変えた商品がまた発売されて話題になったことを知って興味をもたれた方が多かったからだ。
カネボウフーズの「オトコ香る。」。去年の女性向け「ふわりんか」が予想外に男性に好評だったため、女性向けにはビタミンCやコラーゲン配合であったものを、男性向けにマカを配合してこの8月に新発売で大ヒット。ガムを噛んだらそのガムの香りが皮膚からする、というのは、私はちょっといやだけど、それでも体臭が気になる男性が多い、ということか。
と、ネタを振りながら、「オトコ香る。」はあまりに売れすぎたため、8月30日で製造休止中で今は手に入らないそう。生産ラインが整ったら再発売だそうだ。でも今すぐ試したい方は「ふわりんか」でも同じ効果を得られます。女性向け、と侮るなかれ。なにしろ、芳香成分の「ゲラニオール」と「バニリン」の配合がこの商品のコンセプト技術だから、女性向けも男性向けも、結局香りは一緒なのだ。パッケージとその他の配合成分を変えられると、違うものに見えるから不思議だが、ほんとのお話。
マーケティングの勝利だがマーチャンダイジングで負けた事例か。
まさに私自身が海外旅行中だったので、リクルートのエイビーロードが9月9日発売・10月号で休刊することを知らなかった。たまたま昨日、昔の仲間からの情報で、「淋しいですよねー」のコメント付きで知らされ、ちょっと気持ちが伝染・・・。長くエイビーロードの仕事をしていたし、自分自身も旅行好きだし、思い出は数限りない。発表は6月23日だったようだから、旅程を見ると日本対ブラジル観戦の翌日のことだったのだ。ああー、日本にいて聞いていたらダブルパンチで気分最悪だったろう。ある意味海外にいてよかった。
海外旅行は、旅行会社が組み立ててエアもホテルもその他の旅程もあらかたレディメイドのパッケージツアーが多いと思われがちだが、意外にエアやホテルを個別に手配するFIT(=free individual tour)の方が多い。まあその実は、個人の旅行などより、出張などの企業ユースでこのFITの比率が高かったりするからなのだが。その昔、つまりエイビーロードが創刊(1984年だから22年前!)する前は、旅行会社に行ったり、各社のパンフレットを集めたり、決める前にガイドブックも買ったり、と旅行に行く前の作業たるや結構大変な騒ぎだった。それがエイビーの出現で、あまたのパッケージツアーが一堂に集められ比較検討できる。どれだけ楽になったことか。
さて、今回の私のヨーロッパ行きは個人手配のFITだった。時間のある学生ならいざ知らず、エアの時間を調べ、ホテルの場所やレートを確認し、すべて直接予約するのは容易ではない、と思った。細かい日程を決められないところもあったため、現地で手配する部分も残さなくてはならず、この方法でなければならなかったのだが、インターネットのおかげで出発1週間前まで頑張って17日間の大枠を決めることができた。それも終わってみれば、なんて簡単、なんて便利。(そして楽しい!)
と、このように、私のようなエイビー育ちの海外旅行好きもこんな感じだから、様々な事実の積み重ねから、「ネットに押され、雑誌のエイビーロードが休刊」という記事になるし、これからの事業を考えればリクルートからも「ネットに注力します」、という発表になるのは、まあ当然の話である。
でも、ある意味ネットでこんな無謀な旅行手配ができるようになったのも、エイビーで繰り返し海外旅行に行った経験がそれをさせてくれたのだ、と思う。1995年ごろかなあ?書店の店頭で、エイビーロードが3日でなくなる号が続いた。海外旅行を手配したいのにできない!!という読者の声が痛かった時代、とにかくみんな休みといえば海外に行っていた。恐らくあの頃日本人の誰もが海外旅行経験者になったのだ。経験者が、次の行動の意思決定を容易にできるようになっていくのは、当然のこと。だから現代の消費者は海外旅行を手配するために、ネット上にある情報程度で、十分意思決定ができるようになったのだ。つまりマーケッターとして考えるに、このエイビーロードの休刊は、短絡的なネットと雑誌の機能比較みたいな、簡単なレポートでまとめる問題ではなく、様々なメディアを通じた学習によって、消費者行動が変化した事例として、極めて重要な問題提起をしている、と思うのである。
実はあまたある情報誌の中で、海外パッケージツアーほど、インターネットに親和性が高い情報を有するものはない。いまや海外旅行の意思決定は、「いつ、どこからどこまで行って、いくら」がわかればよい。この情報は、もっともデジタルが得意とする部分。旅の満足は自分が決めるもの。いくらパンフレットでオーロラの写真を見せられても、小さく「天候によって見られないことがあります」と書いてあり、さらに本当に見られなかったりすることを知っている消費者なら、パンフレットはいらない。オーロラがなくても、そこで楽しみたい、楽しめるすべを知る消費者がそのツアーを選ぶ時代なのだ。その先の思い出を作るのは、旅行会社でもガイドブックでもない、旅人本人だからね。
ネットに押されて・・・、なんて言わないで。エイビーロードは、ほんとに旅を身近にした。多分これまで積算で4000万部くらい売れてきたのだから、すごいパワーだったね、と言って最後の10月9日を迎えてあげよう。
茂木健一郎氏の脳と仮想がおもしろい。実にリアリスティックな事実(紛れもなく私たちの内部にある脳に刻まれること)について精緻に書かれていながら、、「脳から心がどのように生み出されるか」、を論理的に解いていく。しかし、秀逸だったのは、最後の「魂の問題」の章で、私は「魂」であり、魂だから「今、ここにいる私」はかけがえがない、と核心を語りながら(ここは私が意訳してしまって、原文ではないですよ)、『「私」が「今、ここ」にあることだけは、疑いようがない。物質がどうであろうと、世界がどうであろうと、そんなことは知ったこっちゃない。』(ここは原文の引用)とこれまでの論理構築を放り出してしまっているかのような件が一瞬表れるところ。リアリスティックでロジカルな科学の世界から、まったく逆と思える心の世界を考える、というこのわくわくするような、でも極めて複雑な作業は、やはりこのように仄見えてしまう感情的な側面を抜きにはできないのだ、と思うと、安心もし、これからの研究や著作も楽しみになる。
その中の話で、医学博士の故・三木成夫氏の話が出てくる。記憶というのは、記憶されたときのエピソードが媒介にならないと思い出せないことが多いが、ともすると私たちはその「エピソード記憶」こそが記憶の主体をなすものだと思いがちだったりする。しかし実際「今、ここ」の事象は、エピソードがなくても、無数に記憶として刻まれている。だから、大事な記憶でさえ、エピソードがないとじつは「思い出せない記憶」になってしまう、ということでもある。三木成夫氏の名前を再三聞いても、茂木氏は、自分が三木氏の感動的な講演を学生時代に見たことを思い出すことはなかったが、ふとしたきっかけでそのことを思い出す。講演そのものは覚えていなかったが、その中のいくつかの示唆はその後の暮らしの中で、明らかに蘇ることがあった、という。そしてわたしはといえば、その文中の「三木成夫」という文字をみても、「ミキシゲオ」と音に変えても、やはり自分に関係ある名前とは思わなかった。しかし、読み進んでいくうち、私も思い出したのである。以前参加した「カオロジー」のセミナーは、三木成夫氏の論をベースしていたものだった、ということを。そのセミナーは、心とからだと生きる力について、私のまったく知らなかった、新しい解釈に基づく展開で、示唆に富んだものだった。そしてそのときさらに深く知りたいと思って三木氏の胎児の世界~人類の生命記憶も当時読んだ。多分そのときの私にとっては、三木成夫の名前より、はるかにその中身が大事だったから、その名前は思い出せない記憶になっていたのだ。
「胎児の世界」は、人間の意識を超えた生命の記憶の世界を辿る。まえがきを開くと、なんと茂木氏が繰り返し使っていた「今、ここ」、と同じように三木氏が「いまのここ」という言葉を使い、記憶、回想について語っている。思い出せない記憶が、なぜか「今、ここ」で新しい気づきと結びつき、強い記憶を刻んだようで、驚く。
こころ、からだ、スピリットとか、あるいはそれらを統合するよなことに関心がある方で、もしまだどちらか読まれていない方がいたら、この2冊は是非おすすめである。
しかしこの2つの偶然を、不思議なシンクロとはいわないでおこう。なぜなら、これはきっと真摯に研究の道を進んでいる人たちの必然だ、と、リアリストである私は思うから。
イギリス、ドイツ、フランスをまわってきました!
気が付いてみると、海外旅行で複数の国を巡ったのは今回が初めてで、1カ国ずつだと意外にわからない、それぞれの街や国、人の違いを、肌身で感じた。中でも、仕事柄なのか、香りの思い出はとても強く残った。
イギリスは、ロンドンでも、オクソンでも、バースでも、グラストンベリーでも、どこからでもバラの香りが漂ってきた。ロンドンのキューガーデンはもちろん、友人バクスター家にもその町の他の家の玄関先にも、バッチセンターにもチャリスの井戸のガーデンにも、今が盛りのローズが咲き誇っていたからだ。日本で見るバラより、大きく華やかに開き、香りも精油そのものを嗅いだような、強く甘い香りだ。イギリスでは、このとても短い青天の季節は、ローズ香る季節でもあるのだ。この季節に訪れて、最高に幸せな気分を味わえたのも、ローズの香りの作用もあるに違いない。
今回のドイツは、なんと私にとってはタバコの香りだった。レストランもほとんど分煙されていないし、街中の歩行喫煙は男女とも多いし、サッカーの競技場だって「禁煙」と書いてあっても座席で吸う人がいる。マンハイムからケルンに戻る列車は禁煙席が取れずやむなく喫煙車両だったし。(窒息するかと思った・・・。)恐らくワールドカップは世界の人が集まっているし、階級もごちゃまぜで席を同じくするものだから、ということなのだろう。イギリスもフランスも、同じ程度の分煙・禁煙状況だったが、行った先がネクタイをしている人が多いようなところが多かったので、喫煙者が少なく感じたのかもしれない。そのことで言えば、ヨーロッパは階級の差が今だ大きいのだということも実感した、ということか。
フランスは、食材・化粧品などにオーガニック系の店が多く目に付き、バーブの香りが漂っていた。特に精油やハーブを探し回っていた私には、看板以前にその香りが店に導いてくれる目印となったくらいだ。ちなみに、またドイツのことになるが、数年前のミュンヘンはアポテーケに入れば必ずハーブやホメオパシー、バッチなど自然のものが数多く並んでいたのだが、今回長く滞在したケルンではほとんど化学薬品・化粧品ばかりだったのも意外だった。同じドイツでも、州や都市で大きく違うことも知った。フランスもこの香りは、長い時間を過ごしたのがパリのマレだったからかもしれない。
嗅覚以外の感覚では、目にも鮮やかな緑と青空がどこでも迎えてくれた。その間をわたる爽やかな空気感は肌に心地よく、食事もどこもすべておいしかった。
そして耳に残るは、やっぱりスタジアムの歓声と笛の音か。4年に1度の私の大旅行は終わり、ワールドカップも終盤。
~旅の記録・追補~
①写真日記が途切れたのは、旅の終盤、ネット環境にいなかったためです。楽しみにしてくださったみなさん、ごめんなさい。でもビジネス中心の大都市間移動でなければ、世界はまだまだこんな感じなのですね。
②旅の記録は、別ブログを建てて順次アップする予定です。でも、肝心のかき集めた資料類が入った大事な荷物が帰りの航路でなくなってしまいました!そのショックで帰国ブログも今日まで書けなかったというわけで・・・。トランクの中には結構好きだった服と、買い集めた精油もドカンと入っていたのですが、きっと今の私にはいらないものだったのかも知れません。そう思ったら、旅で感じた香りや景色をゆっくり思い出してきた、という今日この頃です。なので、旅のブログは、情報集からイメージ&フィーリング中心にコンセプトを変えることにしました。写真もたくさんあり。乞うご期待!
14日に旅に出ました。
今はロンドンを起点に、イギリスの国内何カ所かを巡っています。
数日後からはドイツ、最後にフランスに寄って2週間余りの旅を終えて帰る予定です。
日本から遠く離れたところでパワーをもらうための旅で、パソコンや携帯から離れた生活も考えましたが、むしろつながっている人たちが一緒にこの旅を楽しみにしてくれていたことを考えて、思い切って、携帯を国際ローミングできる3Gに買い換え、ノートパソコンも新調してみました。
でもうまく使えず、16日の携帯からの投稿は接続不良と、写真横向きというアクシデント。今日ようやくホテルの回線がつながって、世界中に恥ずかしいブログを発信していたことを知ったのでした。
たくさんのおみやげ話や、ちゃんとしたレポートは帰国後ですが、まずは旅行中できる限り写真のレポートをちょっとずつ上げて行きます。コメントもいただければ、次に反映させていきまーす。
と、今日はクロアチア戦後に書き込んでみました・・・。はー・・・。
新月のお願いが、ひとつ叶った。4月28日の新月。
先月も、非常に結果は良かったのだが、今回は、書き方がやっとわかって、極めて具体的に書いたのがよかったようだ。
書くと、次のアクションを悩んだとき、きっと「やる」方を選択するからだと思う。これまで叶わなかった願いについては、もしかすると願っていながらも、実は、「どうしようか」とか「こうなったらいいな」ということも書いていたからかも知れない。そんなとき、人は「やめる」チョイスもあるから。真剣に願い、アクションして、だめでもよい、と思えたとき、結果はついてくるのかもしれない。
今は新月だけでなく、私の周りの人々も大きな味方。昨日会った大先輩は、これからまたひとつ事を起こそう、としていた。次の新月に向かって思いを育てて、また次に進もう。
(何を書いたか、どう書いたかは、会って聞いてくれた人には教えます!うふふ)
ここ青山のオフィスは先客万来である。サロンのお客様というより、「ちょっと寄っていいですか~?」って人がとても多い。で、今日は遠来の客、バンコクより。
子曰、学而時習之、不亦説乎。
有朋自遠方来、不亦楽乎。
人不知而不慍、不亦君子乎。
最後の行はないけれど、年は違うけど同じ時期に同じところで学んだ友達だから、そんなこんなの話に長い時間楽しく過ごした。居心地がいいらしいのが嬉しいとき。
彼女と別れたあとに、病院にお見舞いに行った彼も、退院して早くここに遊びに来てくれるといいな。

《いただきました、タイ数字のクロックと日本のお菓子》
たまたま、4月から「書く」仕事を2ついただいた。書きたいテーマだったので安直に引き受けてしまったのだが、大変苦労している。
やってみて気がついたのだが、私は「書く」人間ではなく、「しゃべる」人間だった。書くということは、正確な表現力が必要だ。さらに論理的でなければ文章だけで人を納得させられないし、多くの記事と並ぶものだと何が書かれているか一目瞭然でなければ読んでもらえさえしない。ということを書き始めて思い出したのである。40の手習い修士論文が、3回書き直してようやく意味が通じる代物になった苦労は骨身にしみているのだが、今回の件は「短いからいいだろう」が大間違いだった。
しゃべるということは、声の抑揚や強弱、アイコンタクトにボディアクションなど、多くのツールを使うことができるから、とてもコミュニケーションしやすいものなのだ。つまるところ、大学講師を引き受けたときにこんな苦しさがなかったのは、しゃべればよかったから。人には向き不向きがあると思いつつ、これも修業と思い、頑張ってみる。ひとつのアーティクルに対し、いろいろ調べたり言葉を吟味することは、それでも楽しいことだから。


《会員制メルマガ&会員向け新聞。私を知る人の目には触れないはず・・・》
今回、私も加入しているインディペンダントコントラクター協会(略称・IC協会)(個人で独立してビジネスをしている人々の集団)で、独立プロフェッショナル・コンプライアンス資格の認定試験があった。企業のコンプライアンスは「法令遵守」と訳されることが多く、最近の企業不祥事の時にも、真っ先に記事のタイトルに載るものだ。しかしコンプライアンスは、語源がcomplyで、期待に応じるという意味もあるそうで、必ずしも、法律さえ守ればいいのだろう的なことではないのだ。
このコンプライアンス資格試験では、独立プロフェっショナルと言われる個々人が、本来知っておくべき法律と契約実務、またいろいろな企業などの依頼主からの要請に対し、コンプライアンス上踏み外してはいけないポイントを様々な角度から試される。ある意味、常識的な範囲で答えれば試験の回答はできるのだが、問題を読み進むにつれ、自分の責任と良識を考えさせられる時間となっていった。例えば、長くお付き合いしている依頼主からの要請では、法律に違反するかもしれないギリギリのところが求められたとする。その時、適切なのは、①長いお付き合いを考慮して、ギリギリの線を越えないと思われるラインを自分の経験から判断して仕事を納める ②長いお付き合いのクライアントだから要請に従って仕事をする ③長い付き合いとはいえ、問題があることを担当者に告げさらにその上司とも必要があれば調整をする のながでどれか?なんて問題(このようなものはなかったが)に回答をしていく。繰り返すが常識があれば答えられる問題なのだが、この試験を通して、自分がどこまで厳密に正しい仕事ができているのか、問われているようであった。
私が携わるもうひとつの分野の、セラピスト・ボディワーカーの世界も、まさに独立プロフェッショナルの集団である。複数のセラピストを抱える企業サロンに勤めているのであれば、その企業のコンプライアンス指標に準じていけばよいのだが、個人事業や友人との共同事業の場合、コンプライアンスのバーはどこに設定されているのだろう。セラピストはさらにその活動場所そのものも1対1のクローズドな空間であり、だれからもチェックをしてもらえないことがほとんどである。例えばアロマセラピストの資格試験の多くは、医師法、あはき法、薬事法などで「アロマセラピストがしてはいけないこと」を丸暗記して答えればよいような「コンプライアンス問題」もどきが1-2問出る。知らないより知っていたほうがいいにはいいのだが、果たしてそれがcomplyなのかどうか??
また、お客様から聞かせていただいた個人的な悩みやつらさ、家族・友人関係など、どう保管してどのように利用していくのか?医業類似行為をクライアントから要請されたときにどうするのか?クライアントが施術後に体調を崩したとき、誰に報告・相談し、どのような措置をとるべきか?・・・など、これらに限らず数え出せばきりがないくらい、コンプライアンスに関わる問題は多いと思う。本来大きな協会がそのあたりの整備をしていけば、お客様も安心してサロン・セラピストに、自分自身のすべてを任せられるし、なによりセラピストの大きな自信にもなる。
あたらめて今回のIC協会の取り組みがいかに大変で貴重かということに感服するとともに、アロマセラピストのコンプライアンスというものも考えるようになった。
で、独立プロフェッショナル・コンプライアンス試験は、合格をいただいたが、資格認定だけじゃだめよね、とあたらめて反省。個人で融通がきくからこそ、守るべきことは守るメリハリが大事、と思いながら桜の道を帰った。


《4月1日だねえ・・・》
※私のような独立個人ワーカーは、スキルが大事で、どこの馬の骨、と思われるレベルにいる限りは、資格や肩書きは大事だ。だからともすると資格・セミナーフェチになっていく。でもねー、資格をとるまでの過程で何を学んでその先にどう行かせるかが、本来の資格認定の意味なんだよね、と、常々思ってはいるのです。
厳粛に、決められた形式で行われるはずの卒業式。
卒業証書を授かる生徒の名前がクラスごとに担任から呼ばれ、授与の儀式に入る直前、「先生!!」という大きな声がけに、みなビックリ。そして、クラス全員が唱和する。「お世話になりました、ありがとうございました!!」1組から始まり、各クラス、返事の仕方、立ち方にも工夫を凝らし、「先生、大好き!!」と叫んだクラスもある。校長から卒業証書を受けとるクラス代表は、被り物やパフォーマンスで卒業証書を受け取り「フォー!」まで飛び出す。
式が終わって来賓・先生方が退場したあと、緊張の司会を担当されていた先生がひとり残り、「いい卒業式だったよ」とマイクを通してひと言。どうもこのような卒業式になったのは初めてらしい。しかし、生徒たちが自分たちの言葉と方法で「ありがとう」といって旅立つ卒業式は、本当に楽しく、感動もあった。
用意する側である、学校・先生側の意図からはなれ、自分たちで自分たちを祝う、というこの流儀、明るくておもしろいけど、成人式でみる暴走の光景もこんなのりから来ているのかな、と一抹の不安も覚えたのも事実だが。でも根底に感謝と親しみがあれば、同じような振る舞いに思えても、温かい場に変わる。
そんなちょっと満たされた気持ちとともに、私にとっても最後の登校日が終わった。もう子どもの学校に行くこともなくなった、今日は子育ての卒業式だ。
月夜見梅花
月耀如晴雪
梅花似照星
可憐金鏡転
庭上玉房馨
(菅原道真 11歳の漢詩和歌)
http://www.ric.hi-ho.ne.jp/ymkg/jcp/jcpkb001.shtml
月夜に梅の花を見て
月は晴れた雪のように白く輝き
梅の花はまるで星が照っているようだ
なんて素敵なこと、月はめぐり
庭では梅の花が香っている
我が家には梅はないので、お隣さんの丹精されているお庭の借景とか、Web上で写真を眺め・・・ですが。月もこのひと月、とてもきれいですね。たまたまネット上で、季節のお掛け物の話で上の詩を知ったのと、きれいな今年の梅の写真を見たので
梅まつりにも行きたいなと思っています。
『新年の昇る初日の出に向かって「今年も良い年でありますように」と願うより、本当の幸せを手にできる人は、年末最後の沈む夕日に向かって、「今年もありがとうございました」と言える人だそうです。』
この言葉を知ったのは、もう4-5年前。とても響くものがあって、その時とても気になったネット上のお友達(ネットというのはこういう勝手な気分を許すところがあるから不思議・・・)に知らせたくてメールのご挨拶に添えた。
彼女はこのことばをブログに書いていたりして、いつも大事にしてくれているらしい。だからわたしもそれができない年もありながら、とても気になっている言葉だ。
新年の初日の出が幸せをもたらすのは疑いようがないことだけれど、一年の終わりに、その年を振り返って感謝できるかっていうことは、意外に時間的なこともあって、難しい。さらに人間は反省するものだから、リセットしたい気持ちの方がも強かったりするもしれない。だから、大晦日の夕日は感謝して送り出されることは少ないに違いない。
振り返って自分の今年。言うまでもない、顧みて省みることばかり・・。でも、今日「この言葉」を思い出したから、この年に感謝をして終わりたい。もちろん大晦日の夕日にも。
なんて、29日の今日、ここに書いたのは、きっとこの言葉を大事にしてくれる人がたくさんここを見てくれる気がしているからもあって。それを思うと今年も良い年だったな。
ヤドリギ(Viscum album)は、古くからヨーロッパの文化になくてはならない植物だ。特にこのクリスマスシーズンは、各家庭の軒先にヤドリギのを束ねて飾る風景がある。
薬用植物としては、主に循環器系に良いとされ、血圧降下の目的でも用いられるほか、ルドルフ・シュタイナーがガン患者に推奨、調剤したことでも知られている。「天の香り」さんのページで詳細に紹介されていて以前から興味があったのだが、今回、サクラの病気を研究されている植物学者であり、ヤドリギ研究家でもある田中潔先生のお話を聞く機会に恵まれた。田中先生のヤドリギモチーフの収集数たるや、すばらしいものがあり、ヤドリギそのものの写真はもちろん、紙ナプキン、ブローチなどの装飾品・エルメスのスカーフとその箱(?!)から、ディズニー映画の中のシーンまで、ありとあらゆるものを披露してくださった。エネルギッシュで楽しそうな田中先生のご様子は、ヤドリギに薬効そのものもあるが、ヤドリギを世界各地で探すこと自体、生命力を強くするキーになるのでは、と思った。
閑話休題。
ヤドリギの下でキスをすると幸せになる、ヤドリギの下にいる女性にはキスをしてよい、という言い伝えは、ほほえましいものがある。意外に日本では知られていないのか、看過されることが多いと思うが、田中先生のコレクションにも、ミッキーとミニ-、ドナルドとデイジーのキスシーンの上にヤドリギが描かれているものがあった。クリスマスファンタジーのパレードでも、キスはヤドリギの下でするらしい。数年前のアメリカでのアンケートにも、「ヤドリギの下でキスされたい」男性・女性は、と聞いているものがある。ただ、邦訳して掲載した人には意味がわからなかったらしく、俳優の人気投票的な記事になっている。
だから、「ママがサンタにキスをした」というクリスマスソングの日本語バージョンにも、大きな誤訳が。
和訳では、「サンタはパパだった」でちゃんちゃんになっているが、これは大きな文化の取違いである。原文はママはヤドリギの下にいてサンタとキスをしたので、こっそり見ていた息子は、「パパが見たらビックリしちゃうよ!」といっているのだ。ヨーロッパ人はこのヤドリギの言い伝えを歌にしたはずである。でも、仕方がない、ママはヤドリギの下にいたから、という歌なのだ。しかし、日本人は!訳者が「ママがパパ以外とキスをするなんて、いかん」「サンタがパパだったことにすればいいだろう」と思ったかは知らないが、そのおかげで日本では、ヤドリギの伝説も伝わらず、さらにサンタはパパが演じるもの、になってしまったのではないか。日本人的倫理観を大事にしたい気持ちもわからぬではないが、他国の文化を蹂躙して、さらに子供の夢を壊すとは。罪作りな歌だと思う。
さて、今年はヤドリギを隠し持って、クリスマスの街に繰り出そうかな??
25年前の今日。入稿で新聞社と雑誌社を回っていたタカコが泣きながら帰って来た。
ジョン・レノンが撃たれて死んだって。。。と泣きじゃくる彼女。長年勤めた会社の、オフィスのワンシーンでここまで鮮やかに残っているものは他にない。
今日1日、J-WAVEはジョンレノンの特集。閣議では自衛隊の派遣が来年の12月14日まで延長を決めたらしい。戦争反対を訴えてベッドインしたジョン・レノンの命日に。こんな日は日本人であるより、国際人でありたいと思う。
伊達くんとは、以前勤めていた会社で、名前と顔を知る中であったが、一緒に仕事をしたことはなかった。昨年あるプロジェクトで再会し、初めて仕事仲間となった。大きなプロジェクトであったが、人手が極端に足りず、お互いに他にもプロジェクトを抱えていたし、彼とはあまり顔をあわせることなく、でもそれぞれの持ち場でそれぞれに相当量の仕事をした。そのプロジェクトはある程度成功を収め、私も彼もその仕事を離れたが、その後もいくつか新しい案件の相談事などで会ったり電話をしていた。その都度とにかく理詰めに、さらに結論が早い仕事はさらに拍車をかけて、成長振りを感じずにはいれなかった。弱冠36歳で堂々としたもの。
そんな彼から、大病で入院したが、とにかく「早く」復帰したいので、最善の治療をしたい、という電話があったのは、1ヵ月半ほど前のこと。アロマやその他の代替療法に関する情報は彼より格段にあるものの、その病に対して私ができることは殆どなかったのだが、病室でたまたま私を思い出してくれたのだった。幸いにして、多くの友人から沢山のアドバイスをもらえそれを伝えると、彼自身も理解納得して治療に当たった。それはとてもつらいことも多いのだが、その都度自分で考え自分で選んで治療を依頼していたのは、かれの仕事のやり方そのままで、雄雄しい姿だった。
でも、想像以上に状況が悪かったことを知ったのは、彼が亡くなったという知らせを聞いた29日の朝、その瞬間だ。そんなに早く逝ってしまうとは。誰より彼自身が想像もしていなかったろう。
彼は若くして自分で事業を組み立て、協力者を探し、会社を興した。自分の家族も守るべき形を明確にイメージして、それに向けて努力していた。でも全てが早すぎたよ、伊達くん。
いい仕事をする人は、それに夢中になるし、だからこそその成果は大きなものになる。でも、そんななかでも自分をこころや体を顧みる時間を少しでも持って欲しかった。こういうのは「後だし」でずるい言い方だとも思うが。
極めて個人的な思いなのだが、彼の生きざまと成果を忘れたくなくて、あえて今日はここに伊達くんのことを残そう。
昨年の教え子からメールが来た。大学で経営学を学ぶ3年生。私語の多い教室でいつも最前列に座って熱心に授業に参加していたSくん。実家の建設会社を将来継ぐ経営者予備軍で、一度専門学校を卒業して何年かたって大学に入りなおしたということは後で知ったが、他の学生と群れず一人でいたので、最初から妙に印象的だった。楽勝だから取る学生が多かった私の講義で、消費者とか広告を学びたくて履修した数少ない学生のひとりだ。
その彼が、大学院を目指したいとメールをくれたのは春休み。その後大学のゼミの先生とも話しながら、目標を絞り込みつつあるという報告が先週のメ-ルだった。経営学それ自体の面白さも感じ、またそれを学問として以上に実業に活かす道筋と必要性が彼自身の中で見えた結果らしい。いっしょに学んだ時を経て、さらに「教え子」がそれを続けて行きたい、といったときは本当に嬉しさを感じる。それは、私が好きなことを教えているから、それをさらに好きになってもらえる、ということが私にとって教師冥利につきる。
その、2003-04年と静岡方面で大学講師をしていたときのこと。担当は広告論と消費者行動論だったが、自分自身がそれこそ研究者というより実務家であったので、学生にも座学を強いるのは無意味かと、授業の組み立ては講義少々→課題→グループワーク→プレゼン、というメニューの繰り返しをしていた。4年生の広告論は20-25名くらいのサイズだったので、それこそ2-3回目くらいには全員の顔と名前も一致し、質問やディスカッションも盛んになった。大学の授業は今でも講義形式が多いので、学生も最初は戸惑ったようだが、他にない方法論の授業を楽しんで取り組んでくれた。広告とは、大学で学ぶ学問というより、売るための知恵であり、コミュニケーションそのものというプラクティカルなセオリーだからこそ、少人数で実体験として学ぶ方法が適するのだと思う。だから、先のSくんのいた2年生の授業は惨憺たる状況だった。なにしろ、履修生が150人を超え、最初は座りきれず出席をとったら出て行くものまで出る始末。だから実習型は、前期の途中までで断念した。学生はその方法を続けるのを望むものも多かったが、統制が取れなくなったのだ。実はこの講義は結局講義タイプになったことで、私の中では学生に申し訳ない気持ちも残っているものだ。
で、相変わらすいくつかの講師稼業をしているが、結局少人数の講座を中心にしている。実は講義の場所が狭いから、という物理的な理由から発したことなのだが、そんな大学での経験も経て、むしろ今は積極的にその形態のよさを活かしたほうがよいと思っている。広告もそうであるように、アロマやバッチのようにプラクティカルなセラピーは、自分の体験や考えかたを一つ一つ振り返りながら学んだほうが身につきやすいし、また講師と生徒が近いことがその後の生活に取り入れる方法を身をもって知ることができたりするのだ。そしてもちろん、講師である私が生徒さんたちの生きたリアクションや感想から得られるものも大きい。アロマもバッチも、うちの生徒さんは継続して先のステップに進んだり、自分の生活で使うのがうまい人が多いようだ(ちょっと身びいき?)。彼女たちからも結婚報告やら先の勉強相談のメールがくるが、その都度、講座を通しての出会いに感謝する。だから講師はやめられない。
モンローが亡くなった62年のJFKの誕生日にプレゼントしたといわれるロレックスが,12万ドル(約1400万円)で落札されたそうだ。仲介した側近がケネディから処分しろといわれたのに取っておいたので、今もマリリンからケネディへの愛の詩の紙片までご丁寧についている。
この6月には、モンローが同じ年にやはりケネディのために描いた赤いバラの水彩画が7万8000ドル(約840万円)で落札されたという報道もある。
共に亡くなって長いときが流れ、憶測も嫉妬もなにも届かないからもうよいのだとは思うけれど、受け取られなかった愛の品が売買されるとは、もの悲しいはなしだ。
これ以上の感想はないのだけれど。
でも単に流してしまうだけにもしたくない話でもある。
お仕事は、と聞かれると、文脈に沿って答えることにしているので、「マーケティング・プランナーです」とか、「アロマセラピストです」とか、時には「自営業です」と答えたりもする。一般的に「おしごと」というと、毎日どんなことをしているのか、を知りたいためのご質問であることが大半なので、これで大体は事足りる。
で、正確にいうと、わたしは「インディペンダント・コントラクター」である。で、そういうと、「???」という方がまだまだ多いので、実は言わないのだが、今のような雇用環境下では徐々に注目されつつある働き方だ。「会社員です」という答えがあるとすれば(会社員もほんとはどこで何をしているかを聞かなければひととなりはわからないが、一般的にこう答えると大体の人は許してくれる)、それにあたる言葉だ。インディペンダント・コントラクターについてはこちらに正確でわかりやすい紹介がある。私もこのインディペンダント・コントラクター協会(略称・IC協会)の会員でもある。
これをあえて今ここに書き出したのは、先日、それについて再度考えるきっかけとなった印象的なお話を聞いたからである。来年から、神奈川県内の限定だが、バッチホリスティック研究会のバッチ国際教育プログラムのレベル1の講座を開催してよいというPTT(プラクティショナー・ティーチャー)講師の認定をいただき、研修会に参加したときのことである。オブザーバーでいらしていた、新逗子クリニックの石川先生のご指摘。
「プラクティショナー、セラピストであるならば、自由な立場でいることをお勧めしたい。
なぜなら、企業などに属した仕事をしていると、クライアントが必要としたときに、時間的・空間的制約から、今どうしてもその助けを必要としている人の場に行くことができない可能性を高めるからである。」
バッチのPTT講師であることによって、その要望度がさらに高まることを考えると、さらにできればそのような立場(例えば医師なら開業医の方が、という例を挙げられた)にあったほうがよい、ということであった。
「バッチ博士の言う、自由でいること、ということを、もう一度考えてみてください」ということであった。
アロマセラピストでもバッチのプラクティショナーでも、正社員や派遣社員などが本業の人も多い。それには様々な要因があり、その良し悪しを論ずる立場でもない。ただ、私自身が、自由な、インディペンダントな立場で、複数の企業と契約をして仕事をさせていただいていることは、実はセラピーのために私のオフィスを継続的に訪れてくださるクライアントさんのためには、必要かつ不可欠な環境であるのだ、と間違いなく言える。インディペンダント・コントラクターの立場では、依頼いただいた仕事は、常に期待値の120%でお返ししなければならないと考えるが、そこに到達するための私の時間の使い方は私自身が自由に組むことができる。ある日どうしてもアロマのお客様がトリートメントを希望されたら、企業の契約業務のレポーティングの仕上げが納期に間に合うのであれば、どれだけの長時間のご希望でもお受けすることができる。そう、どれだけの長時間でも。トリートメントのあと、どれだけ思いが噴きだしてお話がとまらなくても、自由な立場でいる限り、それを遮ってお帰りいただく必要もないからだ。
もちろん、逆に契約企業の課題が、あるとき極めて緊急を要する状況にあれば、私はそれをまた第一優先にもするだろう、という自由さも、自分自身を楽しく仕事に向かわせてくれる原動力である。
「バッチ博士の遺産」には、いつでも助けをもとめる人がいればすぐに助けることができるようにしておくことが大事であると書かれている。「自由であること」は、そのことのために求められるべきだから、と。
インディペンダントは自由であるが、だからこそ必要とする人との間には密接な関わりが持てる。
それにおいて、インディペンダントは「ひとりでいる、やる」ではなく、社会や人びととの間に大切な契約がある、ともいえる。
これが私がインディペンダント・コントラクターとして、企業から個人まで、様々なお悩みを解決する策を一緒に考えるサポーター業務を行う原点である。
この間の衆議院選挙で、どうも腑に落ちないことがあったのだが、今日そのわけを自分でわかり、とってもすっきりした!
今日発売の週刊文春9月29日号「ホリイのずんずん調査」に、先の選挙の当選の映像から、「当選の万歳」のときに、候補者がどうしていたか、が出ている。
そう、候補者は、本来そのとき頭を下げているべきなのだ。
なにか違和感を感じていたのは、繰り返し流されていた、野田聖子のそのシーンだったのだが、確かに堀井憲一郎氏の調査では、野田氏は明らかに支援者とともに、「バンザイ」をしていたことが確認できた。野田聖子以外でも、8割がたの候補者は一緒にバンザイ!だったようだ。
堀井氏は、人さまが自分を祝って万歳をしてくださったときは、自分は頭をさげていればよい、とちばてつやの漫画のシーンをひいていっているが、そのとおりだと思う。で、ちなみに田中真紀子、鈴木宗男は頭を下げていたそうだ。ある意味、さすがだ。
舌を出す女の子の連続映像のTVCMがある。人は人前で舌をだしてはいけないはずだった。もちろん、裏で出すのも、だが。1902年生まれの祖母は、いつも「舌を出すやつはうそつきだ!」と戒めていた。うそつきは泥棒のはじまりでもある。
「舌をきれいにする」というわかりやすい商品コンセプトをさらにわかりやすく表現している、ということは理解できるが、私はそう育てられてしまったので、気分的に不愉快になるのだ。
「○○、テレビで号泣!」なんていうテレビ番組のサブタイトルがある。その番組を見て、号泣している人が出ているのを見たためしがない。号泣とは、「大声をあげて泣くこと」(広辞苑より)のはず。スポーツ紙の見出しじゃあるまいし、なぜかくもどの局も同じ文言を使い、その上、間違っているのか。日本語も常識破りの使い方が多くなっているようだ。
そういえば、選挙で腑に落ちないことがもうひとつあった。みんな選挙運動中によく泣く。(さすがに号泣はしていなかったが。)日本人ってこんなに人前で平気で泣いてたっけ?その映像を見ていたある人が、「こんな自分の演説で泣いているようなやつは、総理大臣なんて到底なれないな」とつぶやいていた。人前で泣いて、国の雌雄を決する場で役目が果たせるのか。国際舞台で日本の主張が通らなかったとき、悔しい、と泣いたら、日本人の常識どころか、地球サイズでおかしいぞ。国会議員。
中内さんが昨日亡くなった。
83歳、脳梗塞だったという。
辛い晩年だったのではないかと、悲しい気持ちになる。
様々な原因があるとはいえ、長期的ストレスにさらされれば、脳血管障害を招く可能性は限りなく高まる。
創業から、流通業のNo.1に上り詰める前の、飽くことなき消費者志向は、10年くらい前に流行った「カスタマー・マーケティング」なんていう言葉を、いち早く事業そのもので示した強力なコンセプトであった。事業構築のエネルギーと成果を考えるとき、他に類を見ない強烈なパワーを感じる。一方でその後の経営で失敗は中内さんの心とからだに住みついた大きな澱を作る。語録や、関係者への言葉にも、トップダウンや後継者問題をご本人自ら悔いる発言がある。引退後、これらを胸に抱え暮らしていたであろうと考えると、隆盛を極めた時代との格差ゆえ、辛すぎる晩年だと思うのだ。
10年ほど前、新春号の社内報でインタビューアーを仰せつかり、中内さんと直接お話しさせていただいた。ダイエー社内ではカリスマだったが、リクルートでは、「おっさん」呼ばわりする社員も多く(失礼な)、でもそんなリクルートをお好きだと伺った。
それでもあの日の中内さんは、軽妙ないつもの語り口ながら、明らかにオーラの中に座っていらっしゃった。
心からご冥福をお祈りする。
わたしは生まれも育ちも、東京の三ノ輪という下町である。小学校の校庭は、入学した年が東京オリンピックだったという昔なのに既にアスファルトだった。夫の実家は横浜の白楽で、幹線道路からすぐで、家も線路脇。同居して、家の家事を仕切ってくれている母は、日本橋蛎殻町の出身なので、私以上の筋金入りの東京育ちだ。
とまあ、これは言い訳だ。
何の言い訳かというと、
我が家の庭は荒れ果てている。のだ。
つまりこれまできちんと植物を育てたことがないので、我が家の誰も手入れの仕方を知らない、ということ。
しかし、わたしはアロマ&フラワーセラピストなどという看板を出しているために、そろそろ日に日に、恥ずかしさが増している。
で、一念発起、今週は通路の草むしりと、鬱蒼と茂り視界を遮っていた正体不明のツル科植物(これは断じて前に住んでいた方のものでも、新しく植えたものでもないので、明らかに雑草)の伐採を敢行!
(まだ、写真を出せる状態ではない)
何とかこの連休に、芝の部分の雑草と、枯れたところを取り除いて、元の姿にしたい。
それから先、何を植えようか、とかは、スッキリした庭を眺めながらお茶でも飲んで考える。
せっかくの贈り物である我が家の土と緑を、これからは大切にいたわって行こう、と決めたから、ここに書いて、みんなにチェックしてもらおう、とカミングアウトしちゃいました。
「噛むとカラダから良い香りがする」ガムが発売になるそうだ。
って、いい香りのガムだったら、そりゃそうなるだろう、と思ったのだが、よくよく読むと、これまでは「官能検査」=ヒトが五感を使って判断する検査では、皮膚が芳香を放つことを確認できたのだが、今回は初めてガスクロマトグラフィーの質量分析計で機器によって検出できたということだ。
その芳香成分は、ゲラ二オールとバニリン。
成分を特定して、研究成果は学会で発表、その成分を配合した商品は特許出願。
芳香成分が経吸気、経皮、経口で体内に入ったら、それは血液を介して全身に回るから、物理的にまた体外に放出されるのは明らかだったわけだし、例えば体臭用というローズの飲用フラワーウォーターも見たことがある。でも大量消費の食品ビジネスのためには、実験・分析に大量の費用をかけても、権利の独占はその後の利益確保の担保だし、科学的根拠の必要性もある。
アロマセラピストは、日々実験検証の繰り返しのようなことをしているのだけど、もっともっと自由で楽しく、クリエイティブに香りを使える。それが生活の知恵者としての幸せかな。
「小泉自民党、単独過半数 仰天の世論調査!」
夕刊フジの昨日の見出し。
昨今、マスコミ各社から発表される世論調査のなかで、正しい調査手法の手順が踏まれていない、例えば調査日程の取り方に問題があるものや調査対象者の属性、調査データの精査をせず集計しているようなものまで、専門家の中ではそれらについて是非が検討されている(オープンなやりとりには載っていないのでご紹介はできないが)ものが多い。
また、新たな試み、「総選挙はてな」などは、立候補予定者個人を特定しない上に、政党の投票予測ではなく「支持されると思われる政党」の「株を買う」という行為で、別の角度から選挙の投票行動の実態を炙り出そうとしている。これもまた実に様々な観点から議論を呼んでいる。
「沈黙の螺旋」というセオリーがある。
これは、過去からの主にドイツにおける世論の論調と投票行動をつぶさに研究した報告なのであるが、支持する政党が多数の支持を集めているとわかったら、そのひとたちはその党の支持をおおっぴらに示すが、逆に少数派は「沈黙」に陥る。
その傾向は、本来的に有権者がその政党を支持している、していないに関わらず、支持する人が多いと思う政党は?という質問において、さらに顕著になる。「大多数が支持する」と思われているA政党は、沈黙は金とばかりに、黙っても票が集まる。しかし少数派B政党は、沈黙に陥った瞬間、本当に「沈黙派」になり(沈黙の螺旋に陥り)なすすべもなく敗退している。
これが本書の主張「沈黙の螺旋構造」である。
人々は 「自分以外の人たちは一体どう考えているのか」を知りたがり、そしてさらに「勝ち馬に乗ること」を探しているから、という分析には納得感がある。
そして、ちょっと別の話。
アメリカCAMの第一人者・アンドリュー・ワイル医学博士の著書は、代替療法家としてホリスティック医療を考えている人間に、多くの示唆を与える。
「ニュース断食」は、例えば「癒す心、治る力」の第12章「活動と休息」にもあるが、昨今のニュースの中には、知って気分がよくなるものは極めて少なく、心配したり怒ったりするものがあまりに多いから、そこから身を遠ざけることで心身の健康によい状態を得られる、といっている。
私自身、ビジネス上全くニュースに触れないことそのものがストレスになるので、せめて新聞だけ読むが、テレビその他ではその類を見ないようにして「断食」と考える。今はニュースだけでなく、ワイドショー、バラエティー、クイズ番組も要注意なのだ。で、これは結構、よいようだ。それらを漫然と見る時間が、考える時間になり、確かに休息になっている。
そしてもう一度今の日本。衆議院総選挙は比例代表があり政党にも投票するが、選挙区の個人にも投票することになっている。地縁社会が根強く残り、また日本人は世界的にもテレビ視聴が多い国民だ。マスコミの報道による「ある政党優位」を「勝ち馬」と理解し、それに乗りたい人たちはどれほどいるのだろう?
また、毎日朝から晩まで同じことを繰り返しているマスコミに惑わされることなく、自分の信念の投票ができる有権者はどれほどいるのだろうか?
せめてマスコミも、実は勝ち馬がわからないまま、ゴールを目指しているのではないことを願う。
江ノ電の車中、観光の女子大生の一団、いつもの風景。
そこで会話に「シゼンチユリョク」のひとことがはさまる。
蚊にさされた痕がもう消えてるという話のようだが、こうしたことばも一般化しているのだと実感した。
「すりむいたー!」「なめときな!」みたいな、下町のお母さんと子供のやり取りは、「免疫力があるんだから、薬だなんだに頼らなくてもその程度なら自然治癒力によってあんたの傷も早く治るよ!」という会話として理解される時代か。
テレビ番組でいろいろな健康・医療情報がわかりやすく伝えられるようになったことで、理解が深まり新しい取り組みも意味を増している。過剰に薬などを使うことでヒトは自然治癒力を落としてきているから、「自然治癒力」なんていう言葉の浸透からも、ヒトが自分の力で健康を支える時代の機運と、代替医療の選択の可能性を広げる期待を感じられる。でも一方で、「寒天が体にいい」といえば、それだけが市場から消えてしまうほどのマスコミの影響度を考えると、心配もよぎる。健康のために「これだけ飲めば、これだけやれば、」などというものはないし、また完全に病気の状態になってしまったとき、「自然治癒」に任せるだけでは病気の悪化を招く。
言葉だけでなく、正しい知識や使い方が伝わっていくことも大事。
考えすぎだけど、のんびり楽しく旅行していた彼女達も、自分や家族の体は自分で守れるお母さんになってほしいな、とすっかりおばさん気分になったのでした。
オワフの日の出の祈りに時を同じくして、七里ガ浜でタイガーの新しい旅立ちの集い。朝7時に100人を超える人が集まった。
チャント、フラ、そしてサーファーが海に出て輪を作り、花を手向ける。
ハワイを愛し七里を愛したレジェンドの新しい生まれの日を祝福して。
親が緊急連絡用に与えた携帯電話。
子供たちは友達や外の世界とつながるツールと捉える。
7月26日、モバイル社会研究所の主催するフォーラム
「モバイル社会フォーラム2005:子どもとモバイルメディア~わたしたちの役割を考える~」
のサマリーと感想の記事から。
だから親が電話しても出ないんだよね。
親から電話があっても、どうせ「すぐ帰ってらっしゃい!」
といわれるだけと思うから(そう、それは親にとっての緊急連絡)、
出るわけがない。
30年近く前、電話がどこの家にもつながってなくてはならない
ツールになった時代、親からきつく「帰りが遅くなるなら電話しなさい」
と言われていた娘たちも、遅くなるのはわかりつつ、横目に公衆電話を
見ながら、電話なんかしなかった。
終電が終わってから電話しないと、電車があるうちに帰ってこい、
っていわれたから。
今はむかし。
携帯の使用が子供たちを危険な目に合わせるのではない。
社会に対する無知、怖いもの知らずが、親の心配や理解を
超えた事件に遭遇させるのだ。
ケータイのリテラシーの教育(このフォーラムでは「情報モラル教育」と
いっているが)を云々するよりも、そのようなツールや環境に
取り囲まれているときに、子供たちが何を知るべきで、
大人の経験からも何が学べるかということを考えさせられなければ、
このような議論は新しいツールが出現するたびに繰り返される。
ここに紹介されている「事例で学ぶケータイ・トラブル」のような、
リアリティのある情報こそが、大人にも子供にも恐らくもっとも必要だろう。
下谷の柳通りにあるふぐのにびき。
毎年1回は必ず、同じメンバーで行くことにしている。
もう12-3年続くこの会は、最高の贅沢であるふぐの美味しさに、
生涯の友人とのかけがえのない一時をもたらしてくれる。
にびきは、下町のふぐやらしく、追い込みだし予約はできず、
もちろんカードも利かない。
以前は豊漁だとメチャクチャ安く、とらふぐの刺しが3000円、
ちりも3000円なんてこともあった。
最近はどちらも7000円だが、まったく惜しくない価格設定。
にびきは、まずポン酢が美味しい。
刺しの時はあさつきにもみじおろしだが、ちりのポン酢は
白ねぎのところがいい。
肝心のふぐは、刺しでは皮が満載だし、チリは皮とその下のゼラチン質が
楽しめる切り身と、しゃぶしゃぶして美味しい刺身風の切り身が、
特徴的。
ひれ酒もおいしいので、大体ビールのあと、4-5杯は飲む。
おじやの時に出るお漬物も、べったらが楽しみ。
そしてここ数年のにびきの会の2軒目は、にびきの真向かいの
ワインバー。
場所と目印で憶えているので、店名は??
元は本屋だったので、「本」の看板が出ている。
リクルートの販売マンがお世話になった店で、
バーのマスター(ソムリエですね)は、以前は書店主さん。
夕べは、赤、白、赤と3本いただきました。
本当にすごい品揃えで、その時にあわせて、出してくれます。
ここはインターネットにも出ていない、幻の名店ですね。
そして今年の3軒目はラーメン屋でぎょうざ。
そう、いつもこれで、折角のふぐを台無しにするのでした。。。
でも、ほんとに楽しい。
楽しいこともつらいことも分かち合った、仕事仲間と、
特別な時間をお互いわざわざ作ることは、とても素晴らしいこと。
またらいねん。
奥田さん、
守旧派として語ったのかと思ったのですが、
全文(でもないですね、でも新聞より長文)
を読むと、正しいご意見と、感じました。
しかし、やはりこんなものが。
私はそれによって一喜一憂しています。
そんな自分が情けない。
実際のは発言を聞くことの時間を持てない自分は、
正しくモノことを判断するためにどうしたらよいのか??
でも、できるだけ、事実を集めて考えて行きます。
報道とはなにか?
現在、インターネット上の放送ソースは、新聞・雑誌、テレビの報道を再録しただけ。
インターネットそのものからの報道(情報をある意図・見識を持って書き起したもの)は、
現在存在していない。
であるならば、個人の感情的な発言も含め、なんら客観的な検討を加えて
いないニュース、あるいはニュース解説は、意味を持つものといえるのか?
江川氏と堀江氏の対談は、遅ればせながらこれについて、
示唆を与える。
もし堀江氏のいう、「市民記者の報道」が成立し、「人気がなければ消えていく、
人気が上がれば大きく扱われる」ということが起こった場合、
人はその他の人の感情を斟酌し、それに共感できるかできないか、
で、世の動きを判断しろ、というのか?まさか、みんながそうだから、
これは正しい、なんていうヤツがいるわけがない、という前提で。
現代はマスコミが正義、正しい論理を伝えているか、と問われれば、
賛成できるものではない。
しかし、今のマスコミは努力をせず、正しい情報も伝えていない、
という理屈も通らない。
堀江氏のはなし。(←長井秀和風)
ここまで極論を言われて、賛同できる人はいまい。
だから、意図はなにか、目的はあるのか、と
問わずにはいられない。
なぜなら、その真意を知りたいのだ。
10にひとつでも賛同するなら、その他の意見も、検討しよう
という気が起きるというものだ。
人気があるものが是、という堀江氏は、
マスコミは自分の意見を歪曲して、ということは本来あってはならないのでは?
それは、そのように思った人が書いた(「市民記者」)ものを
見た人が判断すればよい、といっているのと、全く同じであると思うから。
自分だけは、マスコミの論調に踊らされず、民意というものに押されず、
自分の知識と判断を信じてゆきたい。、
と言ってみることができたなら・・・・。
そして、さらに徹底した確かなまなざしの江川氏には、恐れ入った。
で、堀江さんはいつも人に対するのも、モノに対することと、距離が一緒。
だから気持ち悪くて、みんな質問するのだと思う。
でもほんとはそういう人、結構多い。
江川さんは人によって、距離が縮まったり離れたり、その時によって違っているよう。
人間的だからこそ、その冷静さには感服する。
人とモノを同じで扱う、
または、
人によって距離が変わらない
は
ヘンだと思う。
今回のプロジェクトは、とにかく始まりと終わりでメンバーが成長したことが、最大の成果だ。
年と役職ははるかに上だが、今回のプロジェクトでは同等の立場の私は、成果報告書にはそうかけなかったので、あえてここに記す。
何しろ、物言わぬ民、他人の仕事に口をさしはさまないことを旨とするこの組織にありながら、自己主張をし、分からないときは食い下がり、最終的にきちんとコンセンサスを取り、命題以上に提案を広げた。
それが、丁寧で確実さが信条であった公務員型組織に、さらに個性とスピード感を吹き込んだからであるのは、間違いない。
しかしポテンシャルが高いから、こんなはやくそこに行き着いたんだろうなあ。
うらやましいが、これまでがもったいなすぎた、というべきか。
何故今、なのだろう。
と思ったら、2002年から考えていたんだって。
ライブドアは歓迎、らしい。
駅でH記事を載せている新聞を売っている会社と、アダルトコンテンツのある会社は大差ないと思っていたのだが、
果たして今回は?
ま、私の興味としては、ソフトバンクは野球界の方々にとってのエクセレントカンパニーなのかどうか、がわかるのね、といったところ。
こんな飲み物があるんでしょうか?
でも考えてみれば、ブルーハワイとかカクテルのマイブームもあったことだし、
そんなに驚くほどではなかったかも。
先週静岡で昼休みに学生に聞き、広告論で聞いたら3人くらい知っていた。
飲んだ子はコーラの味で色が青、と言った。
静岡限定かな?と言ったら、日経の新商品欄で見ましたよー、という指摘が。
次の授業には持ってきた子がいた。
確かに青い。
結局普段行かない家と逆方向の七里のセブンイレブンに寄って買ってしまいました。
広告を見たことがないので調べたが、「夏季限定発売」とのことで、
ペプシ社はこの時期、「ペプシツイスト」に注力で、CMもこちらだけのよう。
恐らくCVSで色のインパクトだけで売れるかどうか、であろう。
でも店頭は「ボトルに色がついてるの?」くらいの見え方だったが。
認知度、販売量は、どこまでか?ちょっと興味深い。
で、いろいろ探してみると、素敵なページが。
やりたいが、その他の材料がまったくない・・・
マイレシピは、ペプシブルーを凍らせて、それでカキ氷をつくる、ですか。
これは一体どうしたことだろう?!
まずい。
「おいしくない」のではなく・・・。
申し訳ないが、だめ。
①味がない
②グレープフルーツの味・香りってどこに?
③ハーブティーだって、おいしい飲み方はあるけど、まずいものと思っている人も多い。
こんなもの作ったら、「からだにいい=おいしくない」を訴求しているようなもの。
《断じてそんなことはない》
④大体1%じゃ、アロマの効き目なんてあるわけない
⑤いくらアロマがブームだからって、何でもついてりゃいいってもんじゃない、ついにこんなもんまで便乗とは、って感じです
⑥日本最大の化粧品会社と世界有数の飲料メーカーのプロジェクト???。。。←申し訳ないが論評の価値なし
なんでこんなに「申し訳ない」を連発しているの?
私がやったわけじゃないけど、マーケティングとアロマセラピーの当事者としては、うなだれるのみ。
雑誌広告をみて、久々にかってみたいな、と思い、さらにナチュラルローソンの棚に8面出ていたので、「あったー!」って思ったのです、おととい。
で、開けてびっくり、とはこのこと。
昨日、駅前のドラッグストアに大量展示されているのを見た時は、非常に空虚な気持ちに。
化粧水も、どうかね、って思っちゃうよー、申し訳ないけど。
(またあやまっちゃた)
ライブドア堀江社長のブログで、中国の大学の人たちのビジネスに対する熱心さについて言及されていた。
先日ある編集長に別件の取材をしたときも、同じく上海交通大学の話が出て、日本に留学経験のある教授が今産学連携担当をしていて、日本企業とバンバン提携話をすすめているということを聞いたばかり。
中国進出を図る企業が現地で採用活動を活発化しているし、このように、日本企業のトップが実際に中国の企業との提携にも大きな興味を示しているとするならば、日本の大学の産学連携などは、日本の産業そのものと同様、空洞化の恐れが。
日本の大学、日本企業、日本に学ぶ留学生、すばらしい素材があることを忘れてはならない。
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