養生を知る人

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リタイア後かねてから飼いたかった鳥骨鶏を10羽手に入れた。ある日、そのうちの数羽の様子がおかしい、しかも歩けない。
原因は、除草剤。
鶏舎とは全く離れて関係のないところの雑草をなくそうと撒いた除草剤の上を少し歩いた靴で、鶏舎に入ったのがいけなかった。靴裏にほんの少しついてしまった除草剤の毒にやられて、数羽が神経麻痺のような症状になったそうだ。
慌てて医者に駆け込み手当てをしてもらったが、なす術がない。病院で彼らのためにできることは薬を飲まして延命するだけ、と知ったときから、飼い主である横山さんの奮闘が始まる。

糞も出ない、消化、代謝が滞った状態。それは死の近さを意味する。
にんにくやショウガを入れたスペシャルレシピの餌を作り、口をこじ開けて、無理でも食べさせる。動かない足を曲げ延ばしして、運動させる。すると、食べた餌が体内を巡り、排泄できるようになる。さらにリハビリ運動を続け、足の動きが徐々に回復する。さらに養生食を与える。

この細かな養生ケアの結果、完璧ではないが、少しずつ回復をし、歩けるようになった!

鳥骨鶏は真っ白でとてもきれいな鳥。
しかし、まだ重症の1羽は、歩くことができない。動こうとしても足が突っ張って、そのまま横に倒れる。
その痛々しさは見るに耐えない。でも歩けるようになって、一生懸命生きようとしている、救われた子たちのけなげさも、心に沁みる。

人間が楽になるために作られた除草剤で苦しむ、小さな動物たち。


飼い主の愛情溢れる献身で甦るいのちの力。


いろんなことを考えさせられる訪問になりました。


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この山形長井の横山さんは、循環農法のレインボープランの理事。立ち上げから尽力されて、今もさまざまな活動をされています。オーラを感じさせるような山野草を育てるグリーンハンドでもあります。このように、自然との共生の大切さをよくよく知っていらっしゃるかたでも、この現代は意図しないマイナスを引き起こしてしまうことがあるのです。

けなげな烏骨鶏を見たからこそ、私たち人間のエゴで、そうした自然を蹂躙してはならない、と、あらためて強く思いました。

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使命

南三陸志津川、袖浜の青年漁師がテレビに出て語った話。
自宅も、経営していた民宿も失ったけれど、牡蠣取りの船だけが残った。
ただ、係留されたままではなく、自宅の裏にまで打ち上げられていたそうだが。
それでも、海に出ろ、ってこと、とそれを解釈して、仲間と漁に出る。

南三陸戸倉・波伝谷の三浦さき子さんが、レストランを再建したのも、津波で流されたレストランの看板になっていた、亡くなったご主人の名前の文字”慶”が書かれたブイが、アラスカに流れ着き、発見されたから。

不幸の中の幸い。そしてそこから使命を感じて、またエネルギーを奮い立たせて、挑戦する。

彼がテレビで語っていた言葉。
この海は宝の海。漁に出さえすれば収穫があり、種を蒔けば育つ。
そしてだからもっと良い海にしてきたい、と。

海の恵み溢れる、美しい三陸海岸。
荒れることがあっても、それでも共生する人たちがいる。

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戦い終わりて日が暮れて・・・

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マーケティングの用語は、戦闘用語が多い。
そもそも、
strategy 戦略
tactics 戦術
target ターゲット
ね、ターゲットなんて、標的、だ。銃を構えて打ち抜くのである。コワイね。

私が仕事を戦い的に、勝ち負けで考えてしまいがちなのは、どうしてもこうした20世紀型のマーケティング、アドバタイジングのパラダイムにつかって仕事をしてきたからなのかもしれない(と性格を無視して言ってみる)。
インターネットだって軍事のために開発されているから、今世の中にあるものは、戦争と切り離せないらしい。

最近は私自身、ホリスティックという概念を知り、マーケティングにもそれを冠する概念を提唱する人が増えているのを見るようになったので、昨年くらいから広告論、マーケティングコミュニケーション論の講座の終わりごろには、ホリスティックマーケティングの話をするようにしている。
あまり細部に拘ると、ロクな案にならない。全体を見れば、社会や環境との関係性にも気づき、大きくて楽しいプランになる、と思うから、特に今の学生たちには強調したい概念だ。
実際には、プランニングは細部にこだわり、個々のメディアや実行策の意味や特質を十分理解した上で組み合わせ作り上げる。でもプランができたときに、ぞの「全体像」はどのようになっているのか、その「全体」が醸し出し伝えるものはなんなのか。部分だけを見ていては見えなかったものが、きっとあるはずだ。それが見えないプランは、意味がない、とも言える。

結局ホリスティックって、そうむずかしくなく、こうしたこと。

閑話休題。
この12月は、たくさんイベントがあった。
いつものようにバッチフラワーやアロマの勉強会や相談会、取材したり取材されたり、原稿書いたり、試験やレポート採点したり、教えに行ったり、教えてもらったりがあった。
そして、その合間、最初の週末には、鎌倉のカフェ・リエッタを借りて、2日間だけアロマとハーブの店を開いた。
先週の日曜は、日本ホリスティック医学協会で1年間取り組くんできた、「脳の健康」の連続講座第3回、最終回が終わった。
23日には、辻堂のecomoさんのキャンドルナイトの協賛イベントを手伝った。
予定していなかった、ソーシャルビジネスネットワークの会合に参加もしたし、シュタイナーの特別講義も聴くことができた。銀座で鎌倉の風景写真を見たり、横須賀で薬石湯にも入った。立ち飲みワインバーで新しいお友達もできたり。飲み会も久しぶりに多い期間だったなあ。

こんなばらばらに見える毎日でも、何故かイベントで思わぬ人と再会したり、その人が昔知った繋がり以外でも繋がっていることを知ったり、新しい知見に出会うことがあったり、古い記憶を呼び覚ますことがあったり、結局ばらばらじゃない、ってことがあとでわかる。
毎日なにかを意思決定して、いろんなことをやってみているのだが、結果的に後で振り返ると、全体像がくっきり見えることがある。この年末はこんな気分。

昔だったら、頑張って頑張って、いろんなことにケリがついたタイミングだと思うと、「勝った!」とか言っていた気がするが、今出る言葉は、「ありがとう」に変わっている。
20世紀の戦闘パラダイムを脱して、21世紀の融合パラダイムに乗れてきたのかもしれない。

こうして、一体何が本業ですか、とか、毎日何をしているんですか?と聞かれてしまうが、要は日々こうしたことをしています。
そして、来年も同じようにやっていくことと思います。私のなかでは、ばらばらではなく、ひとつのつながりの中のことだから。

残り少ない2010年、いろんなものを片付けながら、来年への英気を養おう。


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花びら餅の牛蒡の具合

初釜の楽しみといえば、実は一番がこれ。
生まれて初めて出会った時(思えば18歳・・・)、柏餅でも苦手な味噌餡に、甘い牛蒡、といった世紀のミスマッチとも思える姿に食べられないかも、と思ったのは、ほんの一瞬。
淡い紅のさしたお餅の甘さもほどよく、正月しか食べられないことから、それ以来毎年の楽しみに。

虎屋さんもあるし、今年は虎屋のほうが干支にちなんでめでたい気もするが、私は鶴屋八幡のが一番好き。
昨日のお初釜も、鶴屋さんのでした。
今年は牛蒡の具合も大変よく、至福の一瞬でした。もうすぐ発売期間も終わります、なにしろ季節のお菓子だから。

初釜は、いつもながら立派な結び柳の下に、今年は真塗の高麗卓がとても映えて美しかった。
お炭点前は、盆香合。炭斗はヨーガンレールのデザインのフルーツ皿とのことだったが、この見立がすばらしく、こちらのお茶室に見事にマッチして、それぞれのお席のお取り合わせもますます楽しい。
柳櫻園の初昔を久しぶりにいただいて、ようやく年が明けた清新な感じを受け止める。ちょっと冷えた夕暮れも楽しく1日を終えた。

写真は趣味なのだが、お茶会で写真を撮り出すと記録に走ってしまい、せっかくの一期一会が記憶に残らない気がし始めたので、今年からやめることにした。なので昨日のことは、文字だけ日記。花びら餅だけ、お菓子屋さんのページでご覧あれ。

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仕事のスタンス

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南青山のSORORさんは、お気に入りに花やさん。知っている花でも、ちょっとひとひねりある、不思議な色合いのものや、あまり手に入らないタイプのものをたくさん仕入れているので、お店にはいるだけで楽しい。アレンジもおしゃれで、器にも気を遣ってくれる。花の鮮度も素晴らしく、切花なのに、ゆうに1ヶ月もっちゃった、なんてことはざらだ。知識と技術をいかんなく発揮しているので、安心してお任せできる、ということはあるのだが、それは実はあたりまえすぎるので、私のお気に入りポイントはそこではない。
春先に亡くなった大学時代の友人に、遅ればせながらの手向けの花をお願いした。時間もたっていて、若くしてなくなった女性なので、多少色のあるお花も入れてください、とお願いしてできたのが、この写真のアレンジ。おしゃれで清楚で、温かい。そしてでもうれしかったのは裏面。
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どこかで故人が見ていてくださることを祈って、と、亡くなった方が女性なのでほんの少しの華やかさを、と考えて入れてくれたそうだ。こうした作る立場のひとが、贈る立場にたってアレンジしてくれる、こんなところが、本当にこのお花やさんと出会ってよかったな、と思うところだ。

今年最後のイベントは、辻堂のオーガニックモールecomoでのキャンドルナイトのお手伝い。もともと、ビーチグラスアートの展示会にキャンドル作りの講座付きで行われる予定だったのだが、イベント全体の盛り上げで、ライブやお茶の試飲コーナーなどを添えるということになり、私もハーブティーとバッチフラワーを持って急遽参加した。
この企画の主体は、平塚を中心に、ママさんのネットワークを主宰されているアロマセラピー講師のB&S山中あきさんとベビーマッサージ講師のpalm*5香田由香梨さん。ふたりとも小さなお子さんがいるのに,
綿密な準備と連絡調整係を一手に引き受けて、全てを仕切ってくれた。私は、山中さんからキャンドルナイトをやりたい、と聞いたとき、まずは小さく生んで大きく育てましょうか、などと言ってしまったのだが、彼女はどうしてもやりたかったことなので、とにかく最高のものにしたい、という気持ちがまず強く、どんどん道を開いていった。やりたいことを言葉にする。言ったらやる。やるならとことん。平塚のママさんネットワークは今700人を超えるそうだが、このエネルギー、熱意があれば、そうなるのももっともだと再認識した。
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仕事に妥協はいけない。久しぶりに刺激的な仕事振りをいくつも見せてもらって、さあ、私ももう一度新しい年に気合を入れて臨もう。

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年末年始の営業につきまして

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この数年、年末はいつまでですか?と聞かれて、特にないです、お客様がいらっしゃればいつまででも、と答えていた。でも、考えてみたら、今年はサロンもなくなったので他のメンバーとの調整もいらず、自分で決められるということに気づいた。
さらに、ならば、と確実な予定があるところまでで、打ち止めにしようか?
ということで


本年は25日金曜を最終営業日とします!


でも、でも、リピートのお客様は、年末31日までご予約受けます。やはり年末気ぜわしかったり、辛いことも起こりがちだったりするので、そんな気持ちは年を越さずに、と思います。
それに自分だけでできる仕事、原稿書きやら、添削やら採点ももちろん年末までやってますので、お気軽にご連絡ください。と注釈付ですが。

こう考えてみると、なぜか今まで心配だった大掃除や正月料理の準備が楽しみになるか不思議だ。年末のすいてる浜の散歩も、合間にしたいし。

結局、フリーランスは、自分の気持ちの持ちようなんだな、とようやく気づく。だらだらやってると、全部が億劫。でも決めてしまえば、時間とこころにスペースができるみたいだ。
こんなことをやっと知りつつ、また1年が終わる・・・。


※mixiの日記をやめて、このブログ1本にしました。mixiからはこれを読んでいただく、ということです。仕事の告知は、もとからmixiで規則違反を知りつつ書くのもいやだったので自社HPに一本化。でもこれはTwitterに連動させて、さらにそこからFacebookへ。複雑そうだけど、とりあえず自分では整理できたのでしばらくこれで。

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森のテラスにて、笑いあり、感動あり・・

古民家とか、和室とかづいています。

仙川の「森のテラス」に行って来ました。あまり知られていないと思うのですが、素晴らしいところでした。造園会社の方が、自宅兼事務所を開放して、庭でくつろいだり、予約で多少の使用料をお支払いすると、キッチンつきの和室、洋室などの室内も貸してくださいます。

青山で一緒にやっていた私と同じ名前のYちゃんの結婚が決まり、それを祝って仙川在住の主催者と共通の友人が集まりました。食事はすべて持ち寄りですが、素材や味にこだわる食べるのが大好きな人達の集まりだけあって、素晴らしいご馳走でした。初対面同士も多かったのに、食を仲立ちにすると、和やかに融けあうのも早いように思います。和室の、12人もすわれちゃう掘り炬燵もそのムードをさらに盛り上げてくれました。
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出し物は、石神井亭水鳥さんの落語(20日には武蔵野で「古民家落語会」があります)で笑った後は、イラストレーター小野正統さんが絵本「ふわふわフーちゃん 天使の夢」を初出版されたので、その朗読でこころを暖かく。落語は和室で、朗読は煙突ストーブとグランドピアノのある洋間で。興が乗ったので、私はまた干菓子持参でお抹茶サービスをしました。このところ、抹茶がおいしくてたまりません。
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今回の集まりの入り口はアロマセラピスト仲間なのですが、人が人を紹介してくれて、数珠繋ぎにおもしろい人との出会いがありました。何気ない集まりですが、本当に盛りだくさんでした。来年のイベントには、落語とか朗読とか、声を発することを使ったものもラインナップに入れようと決めました。こちらはまだ構想中につき、乞うご期待です。


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その後、今年は深大寺の元三大師の大遠忌の半分にあたる年で、25年に一度のご開帳とのことで、お参りをして帰りました。大師堂からは、五色幕が外の柱に巻きつけてありました。日頃拝することのできないお大師さまとお目にかかれる機会に参拝に訪れた人々が、お堂から直接つながっているそれに触れてご利益を得られるように、というものだそうです。夜空の下で紅葉とともに、鮮やかな色を放っていました。
深大寺そばを食べて、楽しい一日も終わり。ちょっと遠いのですが暖かな気持ちで帰路につくことができました。いつもながら、仲間に感謝です。

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お茶のお稽古【自習編】

今は長くお稽古をお休みしているが、よくしたもので、お道具をたくさん持って今も稽古場に通っている友人が、自習をするから来たまえ、といってくれたので、久しぶりにお稽古三昧。

男性陣は、わたしのように花嫁修業だ、とむりやり行かされるのではなく、自分から趣味として茶の道に入られるので、お道具、掛け物、花、そして歴史、すべてに研鑽を惜しまないので、教えていただくこともたくさんある。ありがたきかな。

そこで、そんなに写真撮って、ブログにでも書くの?と言われたのでそういうつもりもなかったが、あげておく。


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青磁の耳付きと聞いたので、白玉椿に照葉(コナラと錦木)を合わせて。銀座の松屋裏の野の花・司さんで親切に教えていただいた。
掛け物は「白雲自去来」。いろいろな意味に読めるそうだ。折々に眺めたい文字だと思う。


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最初のお稽古は中置。風炉から炉に移る合間の季節は、ちょっとだけ風炉をお客様に近づけて置く。この心遣いが茶の心と感じるので、いろいろなお点前のなかでも、私はこの中置の季節の稽古が好き。釜の位置のおかげで水差しは細長いものでなければ置けないので、こうした形のものになる。これはオランダ。モダンな柄がすてき。


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炉のもっとも基礎的なお手前は、運び水差しで。何もないところに全ての道具を運び入れる。

内炉縁に向かい、茶入れを改める。

お茶を点てる。

袴姿の男性はすてきですね。
あ、お菓子の写真を撮り忘れた!
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あ・の・す・ば

このあいだ夜中にテレビを見ていたおかげで、おとといの7年ぶりの再放送を見逃さずにすんだ。

フォーククルセダーズ新結成 解散音楽會

深夜の番組は加藤和彦の追悼番組。見ていて話題が出たので思い出したのだが、昔加藤和彦の六本木の自宅地下のスタジオに仕事で行ったことがあった。何のCMの音作りか、それさえも忘れてしまったけれど、楽しそうに音を作っていた加藤和彦さんの姿はよく覚えている。
その追悼番組も録画必モノだったが出会いがしらで見るのが精一杯。そこでこちらのBSの特番の番宣があって、今回は録画成功。北山修が好きだったが、彼のアップ画像がないことがさらに興味津々で。いずれにしても好きな曲ばかり、楽しい2時間だった。

でやっぱりこれ

「あの素晴らしい愛をもう一度」と「戦争を知らない子供たち」は当時の小中学生のキャンプファイヤーの歌集(死語?!)には必携だった。

合掌。

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火に親しむ

ついに電気釜が壊れて買い替えようと言っていたのだが、意を決して「土鍋ごはん」にすることにした。
まあ決するほどのこともない。会社勤めの頃の私なら、お金で時間を買っていたから、迷わず最新式のIH圧力式電気釜、それもたぶん中釜が土鍋とかをヨドバシのネットで注文していただろう。でも、今はおいしさと作るたのしさ重視だから、土鍋とセラミックスのおひつを買った。(でも、ネットで注文だけど・・・)

ちなみに、土鍋の方が電気釜より早く炊けるから、実は時間さえも省エネなのだ。知らなかったけど。

さて、先日の台風の日、前日に土鍋が届いていたおかげで、我が家はしっかり普通に朝ごはんが食べられた。

台風の朝、起きて朝ごはんの仕度をしていると、台所の手元を照らす蛍光灯が消えた。
最初なんのことかわからなかったが、停電だ。とりあえず困ることはないのでそのまま作業続行していると、パチっと音がしてまた点いた。でもまた数分すると、消える。そして入る、が2時間あまりの間に5-6回。冷蔵庫は、溜めている電流があるようで、しばらくは点いていたのだが、数回目以降はさすがに消えてしまった。

困らないと思っていたが、だんだん心配になる。なにしろ湯沸しからお湯が出るはずが、湯沸しはガスのくせに、制御が電気で、点火しない。だからお風呂も電気が止まったら沸かない!うちは雨戸が電動式なので、地震かなにかで玄関とか勝手口がつぶれたら家から出られない!オーブンもガスだけど、制御は電気!床暖房は電気!エアコンも電気!暖をとるには、焚き火だけ??!情報を聞こうにも、テレビもつかない。にわかに知り合いの飲食店さんが心配に。なにしろ大型冷蔵庫いっぱいの食材がだめになっちゃうから。

オール電化は、常々、高齢の方のためのものだと思っている。点けっ放しになったり、加減がうまくいかないで火事を起こしたりする可能性がある方には大事な技術、機能だ。でも、子供のいるおうちはせめてガス台くらいで炎を見ておく必要があると思っていた。それがやはりそうか、と思ったのが今回だ。

私が子どもの頃は台風と停電はセットだったので、台風情報=ローソクの用意=つまり手近なところに灯りの準備をする、があたりまえだった。つまり火がなければ困る暮らしだった。でも、今の子は、電気が消える経験がないから、懐中電灯を枕元に置け、といっても聞いちゃいない。かといってローソクの準備など、もっと遠い話だろう。普通にガスで暮らしている我が家でさえそうなのだから、火を見ずに育ってしまうと、便利に押し流されて、ほんとに必要なときにとても困ることがあるんじゃないかな。

便利が人間を危機に対して弱くする。

とりあえず、朝ごはんのときに、結婚しても若いうちはオール電化はやめなさい、と訓示を垂れるにとどまったけど、備えが大事以上に、コンビニエンスであるがゆえの不便や、忘れてしまった手を使った技能を、もう一度見直す必要があるな、と思った。

いずれにしても、土鍋の朝ごはんはおいしいriceball

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