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04/27/2010

不得意科目~右脳系

Image410_3 ※京香画伯の作品(インドっぽい音楽が流れる中、この音に感じたイメージを描いてください、と言われました)

右脳の活性化が認知症にいい、ということで、講座準備の体験で、絵を描いてきた。
私の美術嫌いといったら、実は運動嫌い以上かもしれない。美術嫌いって、見るのは好きだけど、やるほうね。
なんで嫌いかって、下手だから。親もそっち方面はだめだったらしく、成績が悪くても、全然何も言われなかった。むしろ、当然とさえ思っていたフシがある。

でもなぜ、だめかというと、恐らくもともと、何かを注意深く見たりすることがないからに違いない、と最近思うようになった。つまり、ヒトやモノを見ても、外見をつぶさには頭に入れていない、ということ。興味がない、というか。だからダンスとかも、まずマネから入るのだろうけど、マネできないからうまくならない。なにしろ見てないのだから。絵もそうで、なんというかものが立体に見えてないから、描ける訳がない。という理屈である。ちょっとよく言えば、もののカタチより、その意味を考えるほうが好き、っていうのもある。

ただ、昨日気がついたことがある。学校の美術教育は、あまりにハードルが高すぎるのだ。臨床美術の先生がいうには、抽象画は、そのひとそれぞれの表象なのだから、誰でもうまい、きれい、すばらしい、と言えるので、ピカソもあなたも変わりなく描けますよ。でも石膏像を描かせたら、ピカソはほんとにすばらしい、と。
そう、ここだ。なんで高校で、そんな差が出るものを競わせて(競わせてないといったって、成績つけるでしょ?)、描けない子にダメージを与えるのだろう。だって、パステルでぐちゃぐちゃにしても、きれいな色がでたり、思いもよらぬ模様が見えて来ると、とっても楽しくて、これなら一生画用紙とつきあっていたかもしれない。でも石膏像を描けば、才能のなさは一目瞭然。それがアート、と思えば、私はアートが苦手、という意識はすぐに作ることができる。プロ目指すのでないのだから、「自由に自分を表現すること」の楽しさをいかに教えるか、これが一番重視されるべきだろう。これからお子さんを育てるかたたちにも、こうしたことはしっかり伝えたい、と思った。

昨日は臨床美術士養成講座のスクール説明会なので、当然私たち以外は、美大出身者とか、美術好きばかり。でもおもしろいなと思ったのは、その人たちは、昔から好きだったはもちろんだが、「それしかほめられなかった」と言っていたひとも。

ほめられればうれしいし、その道を選ぶ。道を選べなくても、いつかまた戻ることだってできる。「それしか」といってもうらやましいことだ。ほめられず、けなされた経験は、二度とその道にもどしてくれない。それしかほめられなくても、ほめられる体験、それをうれしいと思う感情こそ、右脳を動かすんだな、と思った。

果たして、私は右脳系の科目はだめだと思いつつ、はて、数学・理科も相当だめだった・・・。ということは、脳全部だめ??!!

認知症を恐れない老後のためにも、ピカソは目指さないまでも、画用紙とパステル買ってきて絵を描こう。どんどん動かなくなる左脳は、もとからだめなんだから、もはやあきらめることにしようか、と本気で思い始めている。

04/18/2010

固有名詞がでない、しようとしたことを忘れる~私も認知症予備軍?!

加入している団体、日本ホリスティック医学協会で、今年1年、脳の健康をテーマに連続講座を開催することになった。会社ページは告知だけだけど、ちょっとした裏話、というか、私の気持ちを書いておく。

このプロジェクトのメンバーとして手伝いたいと思い、いろいろ本を読み出して驚いた。というか、本の内容ではなく、いかに自分がいわゆる物忘れ、ある意味、ボケ始めているか、ということに、である。大体、誰かの名前を言おうとすると、顔やプロフィールは思い出すが、「その」名前が出てこない。芸人だと、トリオの3人の名前は出るのに、グループ名が出ない、とか。あるいは、用事があって1階から2階に上がると、なぜ2階に来たのか、思い出せない。ひどいときは1階に戻っても、わからなかったりする。内臓が丈夫な私としては、晩年、自分の機能のどこが疲弊し老化するかといえば、間違いなく、脳、の気がする。そんなことはない、と人は言うけど、人間なんて、どこかが悪くなってくから死ぬのであって、どこも悪くならないなんて、不老不死ではあるまいし、と考えると、ますます脳の問題は私の心配事になった。しっかりもの、と思われている母親も、あれ?なんてところを見せる今日この頃、私もいつかは、の思いもあり。

ということで、翻ればいろいろ現実味を帯びていることもあり、それを検証するかのようにたくさんの本を読んだ。でもそうすると、得られるものは不安ばかり。特に、重症の脳血管障害でない限り、能の機能の低下は徐々に徐々に訪れるものであり、悪くなることをゆっくりにはできるけれど、いずれはほとんどわからなくなる。そして悪くなることを自覚しながら悪くなっていくのであるということが、とにかく恐い、と思った。
ここまで学んできたことでいえば、病気の原因や予防法、治療法などを知ることで、いかに落ち着いて病気に対していけるかが最大の学びだと思うのだが、こと脳の問題でいえば、そうもいえなさそうだ、というのが、プロジェクトの始まりの私の気持ちだった。

しかし、プロジェクトメンバーにはいろいろな人がいて、実際に介護真っ最中の人や、仕事として関わっている人など、さまざまで、それだけでも多くの知恵をいただいた。特に、この連続講座で目指すべきは、脳の機能の低下や老化を、忌み嫌ったり、ましてや馬鹿にしたりするものではなく、いかにご本人や、家族など周囲のひとといった、この病に関わる人達の尊厳を守るのか、という視点。「ボケる」ということばは、決してほめる言葉でないけど、だれにでも来るものだと思えば、その状態を笑ったり揶揄したり、眉を潜めるものにはならないはずだ。

anti-agingという言葉は嫌いだけど、well-aging,successful-agingという言葉は好き。agingは、熟成するというような、ワインなどでは、必要なことで、ほめ言葉でもあったりする、とはアメリカのアンドリュー・ワイル博士が書いていた。このような豊かなaging,豊かに年を重ねるには、未来を恐れない知恵を持つ必要がある、と思う。老いを、痴呆を(とあえて書くが)、忌み嫌うところに、魂の平安はなく、魂の平安なきところに癒しは訪れない、と思う。来るべき癒された老後の日々ためには、学べるうちに、真実を知り、それを恐れない知恵を得ることだ。

5月16日の日曜に、第1回講座が行われる。講師の加藤先生とは、先日打ち合わせをして、他にない、ホリスティック医学協会ならではの講座内容をしていただけることになった。臨床心理士として、また大学の教授として、認知症に苦しむ人達を数多く知り、決してその病いだけを見るのではなく、その人達の生活と生命を見ている、暖かな方。今講座の申込みも少しずつ増えてきているようだが、これからもっともっと多くの人に来てもらうようにするのが次の私の仕事だ。行政主導でもこのあたりは重要テーマなので、無料講座もたくさん開かれている。でも、この講座は、有料(会員3000円)でも、他にない、いろいろな気づきを得ていただけるはず。これを読んで興味を持たれた方は、是非参加してください。会場でお待ちしてます。

04/01/2010

卒業、そして新年度のスタート

3月25日は、娘の大学の卒業式でした。この間受験が終わって東京の下宿の支度をしていたのに、本当に4年という月日の流れは早いものです。天候は最悪でしたが、卒論で表彰をしていただいたり、コースの同級生とも、部活の仲間とも、1日しっかり語り合い、飲んで、心から卒業を祝えたようでした。
思い起こせば、彼女の卒業式は、小学校も、中学も、高校も(高校の卒業式はブログに書いたなあ)、それはそれは心に残る、よいものでもありました。これまではその場にいましたが、今回の卒業式は参列しなくても、ツィッターやらフォトビジョンやらに情報を入れてくれていたので、私もそこで臨場感を持って知ることができ、またその後話を聞いても、楽しい時間を過ごせたのは間違いないようです。自分の全ての卒業式が、どれもあまり思い出もなく過ぎてしまったので、彼女のこの節目節目の強い印象は、これからの彼女にとって、大きいのだろうな、と思うと、うらやましくも、誇らしくもあります。

そして今日から、娘は社会人です。高校に通っていたころと同じくらいの早起きに戻って、でも今度は1時間半かけて渋谷まで通勤です。すると気がつけば、私の子育ては終わった、と言っていいのでしょう。親はなくとも子は育つを地でいったように、0歳児の頃から深夜残業、休日出勤を繰り返し、たまの休みだけ、それを取り返すようにくっついたり遊んだりでしたが、とりあえず社会に出せる人材に育ったようです。つまり役目は果たした、と自画自賛をして、私も自分の卒業式を祝ってもよいのかもしれませんね。
30年前の今日、私が初めてリクルートの職場に入ったときのような気持ちを、今頃彼女も味わっているのでしょうか。就職なんて結局は学生時代と非連続ではなく、流れの中でまた毎日が始まります。私は卒業式にもさしたる感慨がなかったように、仕事生活もなし崩し的に始まったような感じでした。でも気がついてみたら、会社やその後の仕事で得た友人関係や知識や技術のなんと多いこと。仕事を通じて、楽しい時を過ごしながら成長できたことを、今日改めて思い出すと、新しいスタートにちょっと恐れを抱いているような娘に、「大丈夫だよ」と言ってあげることができるような気がします。

そして自分自身の話。これからは、また自分のためにたくさんの時間とエネルギーを注げる場に久しぶりに戻ったわけです。会社も9年目の新年度がスタート。今年度は新しい取り組みもたくさん待っています。娘の巣立ちにかこつけて、私もちょっと飛び立つ感じで新しい年を始めてみます。

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