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隅田川花火大会、2万発!!

隅田川花火大会は毎年7月の最後の土曜日に、ということで、マンションの11階から見物。・・・・と以前は我が家に大勢集合してもらって見たものですが、鎌倉に引っ越してからは、たまにテレビで見るかどうか、になっていました。でも、昨日はお呼ばれ、まさにマンションの11階から見せていただきました。マンションのオーナーさんは、まだ娘が赤ちゃんのときに我が家の花火にいらしていた方で、京香家にならい、花火は大勢うち揃って見ることにした、とのこと。なんだか不思議なご縁に花火もお料理もおしゃべりも大満足。

花火、ちょっとちっちゃいけど・・・。ビルの谷間に。
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娘のゆかたの帯結び。(ちょっと着崩れてしまいました・・・)
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※写真をクリックすると大きくなります。

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エイビーロードが休刊

まさに私自身が海外旅行中だったので、リクルートのエイビーロードが9月9日発売・10月号で休刊することを知らなかった。たまたま昨日、昔の仲間からの情報で、「淋しいですよねー」のコメント付きで知らされ、ちょっと気持ちが伝染・・・。長くエイビーロードの仕事をしていたし、自分自身も旅行好きだし、思い出は数限りない。発表は6月23日だったようだから、旅程を見ると日本対ブラジル観戦の翌日のことだったのだ。ああー、日本にいて聞いていたらダブルパンチで気分最悪だったろう。ある意味海外にいてよかった。

海外旅行は、旅行会社が組み立ててエアもホテルもその他の旅程もあらかたレディメイドのパッケージツアーが多いと思われがちだが、意外にエアやホテルを個別に手配するFIT(=free individual tour)の方が多い。まあその実は、個人の旅行などより、出張などの企業ユースでこのFITの比率が高かったりするからなのだが。その昔、つまりエイビーロードが創刊(1984年だから22年前!)する前は、旅行会社に行ったり、各社のパンフレットを集めたり、決める前にガイドブックも買ったり、と旅行に行く前の作業たるや結構大変な騒ぎだった。それがエイビーの出現で、あまたのパッケージツアーが一堂に集められ比較検討できる。どれだけ楽になったことか。
さて、今回の私のヨーロッパ行きは個人手配のFITだった。時間のある学生ならいざ知らず、エアの時間を調べ、ホテルの場所やレートを確認し、すべて直接予約するのは容易ではない、と思った。細かい日程を決められないところもあったため、現地で手配する部分も残さなくてはならず、この方法でなければならなかったのだが、インターネットのおかげで出発1週間前まで頑張って17日間の大枠を決めることができた。それも終わってみれば、なんて簡単、なんて便利。(そして楽しい!)
と、このように、私のようなエイビー育ちの海外旅行好きもこんな感じだから、様々な事実の積み重ねから、「ネットに押され、雑誌のエイビーロードが休刊」という記事になるし、これからの事業を考えればリクルートからも「ネットに注力します」、という発表になるのは、まあ当然の話である。
でも、ある意味ネットでこんな無謀な旅行手配ができるようになったのも、エイビーで繰り返し海外旅行に行った経験がそれをさせてくれたのだ、と思う。1995年ごろかなあ?書店の店頭で、エイビーロードが3日でなくなる号が続いた。海外旅行を手配したいのにできない!!という読者の声が痛かった時代、とにかくみんな休みといえば海外に行っていた。恐らくあの頃日本人の誰もが海外旅行経験者になったのだ。経験者が、次の行動の意思決定を容易にできるようになっていくのは、当然のこと。だから現代の消費者は海外旅行を手配するために、ネット上にある情報程度で、十分意思決定ができるようになったのだ。つまりマーケッターとして考えるに、このエイビーロードの休刊は、短絡的なネットと雑誌の機能比較みたいな、簡単なレポートでまとめる問題ではなく、様々なメディアを通じた学習によって、消費者行動が変化した事例として、極めて重要な問題提起をしている、と思うのである。
実はあまたある情報誌の中で、海外パッケージツアーほど、インターネットに親和性が高い情報を有するものはない。いまや海外旅行の意思決定は、「いつ、どこからどこまで行って、いくら」がわかればよい。この情報は、もっともデジタルが得意とする部分。旅の満足は自分が決めるもの。いくらパンフレットでオーロラの写真を見せられても、小さく「天候によって見られないことがあります」と書いてあり、さらに本当に見られなかったりすることを知っている消費者なら、パンフレットはいらない。オーロラがなくても、そこで楽しみたい、楽しめるすべを知る消費者がそのツアーを選ぶ時代なのだ。その先の思い出を作るのは、旅行会社でもガイドブックでもない、旅人本人だからね。

ネットに押されて・・・、なんて言わないで。エイビーロードは、ほんとに旅を身近にした。多分これまで積算で4000万部くらい売れてきたのだから、すごいパワーだったね、と言って最後の10月9日を迎えてあげよう。

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思い出せない記憶

茂木健一郎氏の脳と仮想がおもしろい。実にリアリスティックな事実(紛れもなく私たちの内部にある脳に刻まれること)について精緻に書かれていながら、、「脳から心がどのように生み出されるか」、を論理的に解いていく。しかし、秀逸だったのは、最後の「魂の問題」の章で、私は「魂」であり、魂だから「今、ここにいる私」はかけがえがない、と核心を語りながら(ここは私が意訳してしまって、原文ではないですよ)、『「私」が「今、ここ」にあることだけは、疑いようがない。物質がどうであろうと、世界がどうであろうと、そんなことは知ったこっちゃない。』(ここは原文の引用)とこれまでの論理構築を放り出してしまっているかのような件が一瞬表れるところ。リアリスティックでロジカルな科学の世界から、まったく逆と思える心の世界を考える、というこのわくわくするような、でも極めて複雑な作業は、やはりこのように仄見えてしまう感情的な側面を抜きにはできないのだ、と思うと、安心もし、これからの研究や著作も楽しみになる。

その中の話で、医学博士の故・三木成夫氏の話が出てくる。記憶というのは、記憶されたときのエピソードが媒介にならないと思い出せないことが多いが、ともすると私たちはその「エピソード記憶」こそが記憶の主体をなすものだと思いがちだったりする。しかし実際「今、ここ」の事象は、エピソードがなくても、無数に記憶として刻まれている。だから、大事な記憶でさえ、エピソードがないとじつは「思い出せない記憶」になってしまう、ということでもある。三木成夫氏の名前を再三聞いても、茂木氏は、自分が三木氏の感動的な講演を学生時代に見たことを思い出すことはなかったが、ふとしたきっかけでそのことを思い出す。講演そのものは覚えていなかったが、その中のいくつかの示唆はその後の暮らしの中で、明らかに蘇ることがあった、という。そしてわたしはといえば、その文中の「三木成夫」という文字をみても、「ミキシゲオ」と音に変えても、やはり自分に関係ある名前とは思わなかった。しかし、読み進んでいくうち、私も思い出したのである。以前参加した「カオロジー」のセミナーは、三木成夫氏の論をベースしていたものだった、ということを。そのセミナーは、心とからだと生きる力について、私のまったく知らなかった、新しい解釈に基づく展開で、示唆に富んだものだった。そしてそのときさらに深く知りたいと思って三木氏の胎児の世界~人類の生命記憶も当時読んだ。多分そのときの私にとっては、三木成夫の名前より、はるかにその中身が大事だったから、その名前は思い出せない記憶になっていたのだ。

「胎児の世界」は、人間の意識を超えた生命の記憶の世界を辿る。まえがきを開くと、なんと茂木氏が繰り返し使っていた「今、ここ」、と同じように三木氏が「いまのここ」という言葉を使い、記憶、回想について語っている。思い出せない記憶が、なぜか「今、ここ」で新しい気づきと結びつき、強い記憶を刻んだようで、驚く。
こころ、からだ、スピリットとか、あるいはそれらを統合するよなことに関心がある方で、もしまだどちらか読まれていない方がいたら、この2冊は是非おすすめである。

しかしこの2つの偶然を、不思議なシンクロとはいわないでおこう。なぜなら、これはきっと真摯に研究の道を進んでいる人たちの必然だ、と、リアリストである私は思うから。


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ブログが使えないと

毎日更新しているわけではないのに、こんなちょっときれいな風景も送ることができない日々が続いた。
ニフティのユーザー(それも有料ブログ契約者!)はカンカンの1週間。何しろアクセスが遅く、書き込むと動かない。いらいらしていじると書いた文章が消える。ニフティは、「来週2日間(=48時間ですよ!)メンテナンスします」、のつれない表示のみ。イギリス・ドイツツアー記も、資料が出てきて(エアラインでなくなった荷物が我が家に到着!!)、書くと保存ができないため、中断。そんなこんなで先日メンテナンスが終わったが、そうするとこちらに時間が無くて更新できない。自分がネット依存症かとちょとと心配にさえなった。

3連休は我が家の周りは車も人も、そして歓声もひっきりなし。
それでも江ノ島とか海とか、そして霧の向こうの夕日とかは、なんだか静か。ここ数日は夜の海霧はとても深かったっけ。

また静かにブログが書ける日が来たのも、ちょっと一安心。

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青山・赤坂界隈

青山から赤坂に向かう道は、こんなだらだら坂や急なさかがいっぱい。「あ、高台だから青『山』って言うんだ」と思いつつ数歩。
!!「坂が多いから赤『坂』なんだ」とまた納得。
こんなみんな知っていることを妙に感心しながら、たまには街歩きも楽しい。

「青い山」と「赤い坂」って、ちょっと素敵な名前じゃありませんか?


ちょっとお知らせ!ツアー記は別ブログでちょっとずつアップ始めました。おひまなとき、覗いてくださいね!↓
http://flosvita.air-nifty.com/aromatour2006/


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旅の香り・五感の刺激

イギリス、ドイツ、フランスをまわってきました!
気が付いてみると、海外旅行で複数の国を巡ったのは今回が初めてで、1カ国ずつだと意外にわからない、それぞれの街や国、人の違いを、肌身で感じた。中でも、仕事柄なのか、香りの思い出はとても強く残った。

イギリスは、ロンドンでも、オクソンでも、バースでも、グラストンベリーでも、どこからでもバラの香りが漂ってきた。ロンドンのキューガーデンはもちろん、友人バクスター家にもその町の他の家の玄関先にも、バッチセンターにもチャリスの井戸のガーデンにも、今が盛りのローズが咲き誇っていたからだ。日本で見るバラより、大きく華やかに開き、香りも精油そのものを嗅いだような、強く甘い香りだ。イギリスでは、このとても短い青天の季節は、ローズ香る季節でもあるのだ。この季節に訪れて、最高に幸せな気分を味わえたのも、ローズの香りの作用もあるに違いない。

今回のドイツは、なんと私にとってはタバコの香りだった。レストランもほとんど分煙されていないし、街中の歩行喫煙は男女とも多いし、サッカーの競技場だって「禁煙」と書いてあっても座席で吸う人がいる。マンハイムからケルンに戻る列車は禁煙席が取れずやむなく喫煙車両だったし。(窒息するかと思った・・・。)恐らくワールドカップは世界の人が集まっているし、階級もごちゃまぜで席を同じくするものだから、ということなのだろう。イギリスもフランスも、同じ程度の分煙・禁煙状況だったが、行った先がネクタイをしている人が多いようなところが多かったので、喫煙者が少なく感じたのかもしれない。そのことで言えば、ヨーロッパは階級の差が今だ大きいのだということも実感した、ということか。

フランスは、食材・化粧品などにオーガニック系の店が多く目に付き、バーブの香りが漂っていた。特に精油やハーブを探し回っていた私には、看板以前にその香りが店に導いてくれる目印となったくらいだ。ちなみに、またドイツのことになるが、数年前のミュンヘンはアポテーケに入れば必ずハーブやホメオパシー、バッチなど自然のものが数多く並んでいたのだが、今回長く滞在したケルンではほとんど化学薬品・化粧品ばかりだったのも意外だった。同じドイツでも、州や都市で大きく違うことも知った。フランスもこの香りは、長い時間を過ごしたのがパリのマレだったからかもしれない。

嗅覚以外の感覚では、目にも鮮やかな緑と青空がどこでも迎えてくれた。その間をわたる爽やかな空気感は肌に心地よく、食事もどこもすべておいしかった。

そして耳に残るは、やっぱりスタジアムの歓声と笛の音か。4年に1度の私の大旅行は終わり、ワールドカップも終盤。

~旅の記録・追補~
①写真日記が途切れたのは、旅の終盤、ネット環境にいなかったためです。楽しみにしてくださったみなさん、ごめんなさい。でもビジネス中心の大都市間移動でなければ、世界はまだまだこんな感じなのですね。

②旅の記録は、別ブログを建てて順次アップする予定です。でも、肝心のかき集めた資料類が入った大事な荷物が帰りの航路でなくなってしまいました!そのショックで帰国ブログも今日まで書けなかったというわけで・・・。トランクの中には結構好きだった服と、買い集めた精油もドカンと入っていたのですが、きっと今の私にはいらないものだったのかも知れません。そう思ったら、旅で感じた香りや景色をゆっくり思い出してきた、という今日この頃です。なので、旅のブログは、情報集からイメージ&フィーリング中心にコンセプトを変えることにしました。写真もたくさんあり。乞うご期待!

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