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クリスマスツリー(正バージョン)

クリスマス・ブレンドの講座の帰りに。青山一丁目駅、ツインビル地下に、クリスマスツリー出現!もうすぐ11月も終わる。


《Aoyama on Nov.26》051126_2303.jpg

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クリスマスツリー

写真が入ってないまま上げたブログ・・・はずかしいです。特にコメントいただいたぼのぶさん、ごめんなさい。上にお引越ししました。

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ケータイの効用

怒りを持ったまま、床についてはいけない、ということを聞いた。現代の不眠の原因には、仕事のストレスが大きいが、それは細かく考えれば、怒りに似た落ち着かなさが気持ちを高ぶらせ入眠を妨げるから、ということも多い。
同じように、朝の出掛けに親子でけんかして(多くは何かで子供が母親に叱られ、子供が怒って出かけてゆくのだが)、お互いの1日のスタートが不愉快なことがよくある。ある意味眠れない以上に落ち着かない時間が尾をひいたりもする。
でも、良くしたもので、最近は携帯電話がある。どちらからともなく「ごめんね」のひと言とか、なにかの笑い話のひとつでもメールすれば、不愉快な朝はたちまち楽しい朝に変わるのである。ケータイが人々の時間を奪うという寂しさも気になるが、一方でこんな嬉しいコミュニケーションをもたらしてもくれるならば、未来の機械だとも思える。時に娘はかわいい絵文字だけ送ってきたりするが、これがさっきまでいらいらしていた私に笑顔を運んできてくれたりするのだ。

怒りを腹の底に1日持っているのは哀しいだけだから。

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プライマリーケア

風邪の季節である。さらにインフルエンザ、特に今年は鳥インフルエンザの猛威も予想され、心配は尽きない。

インフルエンザはイタリア語の「星の影響」が語源とされる。つまり、「今年は星のめぐりが悪いから、流行り病があるかも・・・。用心しなきゃね」なんて意味。
星の巡りの悪い時に、私たちはどうするのか。
うがいをする、手洗いをする。人ごみに行かない。夜遅くまで飲んで、明け方の寒い風にあたらない。とにかく予防をすること。そう考えればいろいろ自分を守る方法はあるのだ。不幸にしてインフルエンザにかかっても、星に祈ってあったかくして寝たら直っていただろう。

そして2005年。ワクチンはあまりに効き目が強く、その疾患・症状というミクロに働きかけるため、今年は効かない可能性75%だとか。そしてむしろミクロが数値と確実性を求めるあまり、不安が増大しているのではないか。

病は気から、でもある。「かかりそう」なんて思ったら、かかっちゃうから、うがいして手洗いして、楽しく暮らせばインフルエンザウィルスは寄り付かないよ。と信じて今日も楽しく暮らす。

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文学を旅する

最近どうも小難しい顔をして、ビジネス系の本しか読んでない。小説さえもあまり手にしなくなってしまった。
そんな私に1冊の本が届いた。

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200X年 文学の旅

ロシア文学者である沼野充義先生と英米文学者の柴田元幸先生の往復書簡風のエッセイ集だ。お二人ともたくさんの翻訳と研究を発表され、またそれぞれの研究の本国でも有名人ということで、「また難しい本をいただいちゃったものだ」、と思ったのは、本を開くまで。
ページをめくると次々に、ある日はロシアを、ある日はアメリカを、またある日は東大の研究室を覗かせてもらっているような楽しさに出会い、数日で読み終えてしまった。

昔、子供の頃。本は自分を世界に誘う唯一のものだった。外国に憧れて、語学をやって、文学部に入って、なんて、今の子達には笑われそうな経歴の自分を思い出し、でもこんな風に読んだり勉強したら、本当はもっともっと楽しかったろう、と反省もしてしまった。

好きなときに外国に出られて、海外の音楽も映像もすぐに手にすることができても、まだまだ探求して楽しいことが「外国にはあるのね」と再認識さえさせてもらった1冊だ。

若者よ、本を読もう!
でも、
若者よ、書を捨てよ、町に出よ!

どっちも真実。世界は広いのだ。


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ばれた!!

娘の愛読しているファッション誌の出版社にお邪魔した。「愛読」ということをお話した瞬間、私の前にいらした販売部長がわたしをまじまじと見つめ、「だから、そのジャケットをお召しになっているのですね・・・」とのこと。
その日私は、一応、その日おろしたてのスカートを自慢げにはいていたのだが、『げっ、なぜこのジャケットに目が・・・』の気分。(そりゃそうだ、テーブルを向かい合わせて座ってるんだもの、スカートは見えまい。。。)
「す、すみません、ファッション誌の版元さんにうかがうのに、こんな娘の『お下がり』を着て・・・」、と私。
そうなのだ。その日わたしは、娘がもういらない、といった多少デザインチックなGジャンを着ていたのである。センスのない私は、そのジャケットが見る人が見たらその筋の(どの筋かも実はわからないで書いてますが)ものだとわかるらしいことには全く気づいていなかった。

思い起こせば、娘のお友達が来ておやつを運んで「その短パン、Sちゃんの・・・」と小学生のお友達に娘の短パンを借りたのがばれたとか、父兄個人面談で学校に向かって歩いていて、「おかあさん、何着てるの?!」と娘と通学路ですれ違って盗み着をとがめられたとか、いろいろあるのだが、それ以上の恥ずかしさ。でもこのあたりは、毎日見てればわかるので仕方がない。

しかし。プロはすごい。会って1分で見抜く。
眼力とは、こういうことをいうのだ。
自分自身はプロとして何かを見抜けるのか。同じプロでも、評論家ではなくて、それがなんなのかわかることは大事、と、よい勉強をさせてもらった時間だった。(ちょっと恥ずかしいけど♪)

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顔のたいせつさ

今日は、マッサージモデルで、新しいメニューのフェイシャル体験。でもその後このトリートメントのあとすぐ、久々に緊張感の高い商談を控えていた。とにかくあわただしい一日。

で、まずフェイシャルモデル2時間だ。mariさんの紹介文には、「私のメニューでは、120分以上の全てのプランに、フェイシャルとデコルテにドライハンドによるリンパドレナージュを加え、より深いリラクゼーションに導き、トリートメント終了後にはファンデーションを明るくしたくなるほどの透明感を実感して頂けることでしょう。」とのこと。
ドライハンドでのリンパドレナージュは前回体験して、吸い込まれるようにリラックスの深みに落ちた記憶があるが、果たして今日は?!リラックスだけではなく、トリートメント後、鏡を見てわが顔ながら、白い!もとがもとだけに雪のようにはなるはずはないが、私の中では驚きの透明感を間違いなくゲット、です。

そして。
それは、自分に対する自信をもたらしてくれた。今日は朝の各局の星占いはどれも最悪。特に悪いのは仕事運だったので、朝から消極的な気分で暮らしていた。しかし。
なぜか17時に先方の社長室に入ったときには、朝と別人のわたし、である。
フェイシャルトリートメントが、私に顔を上げ、積極的に考え発言するマインドを思い起こさせてくれたのだ。

外見が大事?そうである。外見というのは、人から見て、ではなく、自分にとって自信をもてるひとつの大きな要素だ、ということだと思う。ビジネスパーソンに対するアロマセラピーの提案をしつづけているが、この自分の体験に基づいて、今後はジェンダーの境なく、フェイシャルをお薦めすることにする。

mariさん、本当にありがとう。

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トランペットリリー

なぜか七里にはこの花が多い。わたしはこちらに来て始めて知った。たわわに咲いた白いのもきれいだが今年は黄色が目につく。
街路樹の脇に低く咲いていたのにはびっくり。


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教え子とわたくし

昨年の教え子からメールが来た。大学で経営学を学ぶ3年生。私語の多い教室でいつも最前列に座って熱心に授業に参加していたSくん。実家の建設会社を将来継ぐ経営者予備軍で、一度専門学校を卒業して何年かたって大学に入りなおしたということは後で知ったが、他の学生と群れず一人でいたので、最初から妙に印象的だった。楽勝だから取る学生が多かった私の講義で、消費者とか広告を学びたくて履修した数少ない学生のひとりだ。
その彼が、大学院を目指したいとメールをくれたのは春休み。その後大学のゼミの先生とも話しながら、目標を絞り込みつつあるという報告が先週のメ-ルだった。経営学それ自体の面白さも感じ、またそれを学問として以上に実業に活かす道筋と必要性が彼自身の中で見えた結果らしい。いっしょに学んだ時を経て、さらに「教え子」がそれを続けて行きたい、といったときは本当に嬉しさを感じる。それは、私が好きなことを教えているから、それをさらに好きになってもらえる、ということが私にとって教師冥利につきる。

その、2003-04年と静岡方面で大学講師をしていたときのこと。担当は広告論と消費者行動論だったが、自分自身がそれこそ研究者というより実務家であったので、学生にも座学を強いるのは無意味かと、授業の組み立ては講義少々→課題→グループワーク→プレゼン、というメニューの繰り返しをしていた。4年生の広告論は20-25名くらいのサイズだったので、それこそ2-3回目くらいには全員の顔と名前も一致し、質問やディスカッションも盛んになった。大学の授業は今でも講義形式が多いので、学生も最初は戸惑ったようだが、他にない方法論の授業を楽しんで取り組んでくれた。広告とは、大学で学ぶ学問というより、売るための知恵であり、コミュニケーションそのものというプラクティカルなセオリーだからこそ、少人数で実体験として学ぶ方法が適するのだと思う。だから、先のSくんのいた2年生の授業は惨憺たる状況だった。なにしろ、履修生が150人を超え、最初は座りきれず出席をとったら出て行くものまで出る始末。だから実習型は、前期の途中までで断念した。学生はその方法を続けるのを望むものも多かったが、統制が取れなくなったのだ。実はこの講義は結局講義タイプになったことで、私の中では学生に申し訳ない気持ちも残っているものだ。

で、相変わらすいくつかの講師稼業をしているが、結局少人数の講座を中心にしている。実は講義の場所が狭いから、という物理的な理由から発したことなのだが、そんな大学での経験も経て、むしろ今は積極的にその形態のよさを活かしたほうがよいと思っている。広告もそうであるように、アロマやバッチのようにプラクティカルなセラピーは、自分の体験や考えかたを一つ一つ振り返りながら学んだほうが身につきやすいし、また講師と生徒が近いことがその後の生活に取り入れる方法を身をもって知ることができたりするのだ。そしてもちろん、講師である私が生徒さんたちの生きたリアクションや感想から得られるものも大きい。アロマもバッチも、うちの生徒さんは継続して先のステップに進んだり、自分の生活で使うのがうまい人が多いようだ(ちょっと身びいき?)。彼女たちからも結婚報告やら先の勉強相談のメールがくるが、その都度、講座を通しての出会いに感謝する。だから講師はやめられない。

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