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偶キャリ!

先日、定期的に開催されているHBS出身者の勉強会で人材開発コースの方が、藤村博之先生がこの6月にあった勉強会で話されたという、中高年になっても元気で有用な人材となる秘訣6か条を紹介してくださった。

1.若いときに自分を成長させてくれる仕事にめぐりあうこと

2.早い時期に仕事の目標となる先輩や上司を見つけること

3.新しい仕事を任されたときに、関連の資料を読み漁るなど寝食を忘れて勉強すること

4.10年くらい経ったときに、仕事全体を見た渡せるようなポジションに異動になること

5.仕事を進めていく上で、常に中長期の目標を持っていること

6.逆境のときに自らの能力を整理し直して、次の飛躍の糧にすること

つまりは、中高年人材の元気は、若いうちに育まれるもので、いまさら元気を注入しようとしても、それでは間に合わない、ということのようだ。このことを考えるとき、いくつかのことに思いがいくが、今の若い人たちにこのような場を与えられているか、という問題についての検討はまたの機会に譲ることとする。

で、振り返って自分が今この年に、至極元気に楽しく仕事ができているのは、こんな6つのことを幸いにして経験させてもらえる場に居合わせたからなのだ、と改めて感謝してしまう。そしてそれはさらに、偶然の重なりから生まれているのだから、驚きさえする。
なにしろ、もともとアルバイトで入った会社が、アルバイトも社員以上に働かせてくれるところであったり、そのまた配属された部署からその次の時代の中核を担う仕事の部門が発足しその創部メンバーに選んでもらったこととか、さらに大学では文学と音楽三昧で幸せだったのに実は社会系の理論の方が好きで合っている、ということがわかったりして、結果的に今の仕事にダイナミックにつながる経験の連続だったのである。「人を育てることにもっとも力を注ぐ人たちに囲まれた職場」は、すなわち人的資源マネジメントのセオリーそのものだったようだ。

で、もうひとつ、仕事を考える上でこの「偶然」も大きな意味があるらしい。

「偶キャリ!」という本がある。会社員時代に経験した大きな仕事のひとつで、とっても頼れる仕事仲間であった所由紀さんの本。面白く、さらに巷の評判もとてもいい。
guukyari
偶キャリ!-偶然からキャリアを作った10人
これによると登場する10人の人々は、なるべくして今の仕事についているのではなく、偶然が偶然を呼んで今の場にいるのだ。

Planned Happenstance理論に基づいて書かれた、というこの本。Planned Happenstanceそれを具体化するための5の行動がある。

1.Curiosity: 好奇心を持ち、広げる

2.Persistence: すぐには諦めず、やり尽くしてみる

3.Optimism: 大半の悲観的なコメントよりも、たった一人の 前向きなコメントを心に置いてみる

4.Risk-taking: 失敗はするものだと考え、今ある何かを失う  可能性よりも、新しく得られる何かにかけてみる

5.Flexibility: 状況の変化に伴い、一度意思決定したことでも それに応じて変化させればよいと考えてみる


偶然により元気の源泉を手に入れた幸運をかみしめつつ、そんな私がさらに目指すは「有用な人材」となり、偶然を「キャリア」にすること、ですね。2つのトピックスから、出だしはOKのようなので、もう一息がんばって、事例になるくらいの結果を残さないと。まだまだ。

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日本人の常識

この間の衆議院選挙で、どうも腑に落ちないことがあったのだが、今日そのわけを自分でわかり、とってもすっきりした!
今日発売の週刊文春9月29日号「ホリイのずんずん調査」に、先の選挙の当選の映像から、「当選の万歳」のときに、候補者がどうしていたか、が出ている。
そう、候補者は、本来そのとき頭を下げているべきなのだ。
なにか違和感を感じていたのは、繰り返し流されていた、野田聖子のそのシーンだったのだが、確かに堀井憲一郎氏の調査では、野田氏は明らかに支援者とともに、「バンザイ」をしていたことが確認できた。野田聖子以外でも、8割がたの候補者は一緒にバンザイ!だったようだ。
堀井氏は、人さまが自分を祝って万歳をしてくださったときは、自分は頭をさげていればよい、とちばてつやの漫画のシーンをひいていっているが、そのとおりだと思う。で、ちなみに田中真紀子、鈴木宗男は頭を下げていたそうだ。ある意味、さすがだ。

舌を出す女の子の連続映像のTVCMがある。人は人前で舌をだしてはいけないはずだった。もちろん、裏で出すのも、だが。1902年生まれの祖母は、いつも「舌を出すやつはうそつきだ!」と戒めていた。うそつきは泥棒のはじまりでもある。
「舌をきれいにする」というわかりやすい商品コンセプトをさらにわかりやすく表現している、ということは理解できるが、私はそう育てられてしまったので、気分的に不愉快になるのだ。

「○○、テレビで号泣!」なんていうテレビ番組のサブタイトルがある。その番組を見て、号泣している人が出ているのを見たためしがない。号泣とは、「大声をあげて泣くこと」(広辞苑より)のはず。スポーツ紙の見出しじゃあるまいし、なぜかくもどの局も同じ文言を使い、その上、間違っているのか。日本語も常識破りの使い方が多くなっているようだ。

そういえば、選挙で腑に落ちないことがもうひとつあった。みんな選挙運動中によく泣く。(さすがに号泣はしていなかったが。)日本人ってこんなに人前で平気で泣いてたっけ?その映像を見ていたある人が、「こんな自分の演説で泣いているようなやつは、総理大臣なんて到底なれないな」とつぶやいていた。人前で泣いて、国の雌雄を決する場で役目が果たせるのか。国際舞台で日本の主張が通らなかったとき、悔しい、と泣いたら、日本人の常識どころか、地球サイズでおかしいぞ。国会議員。

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ネアカ のびのび へこたれず

中内さんが昨日亡くなった
83歳、脳梗塞だったという。

辛い晩年だったのではないかと、悲しい気持ちになる。
様々な原因があるとはいえ、長期的ストレスにさらされれば、脳血管障害を招く可能性は限りなく高まる。
創業から、流通業のNo.1に上り詰める前の、飽くことなき消費者志向は、10年くらい前に流行った「カスタマー・マーケティング」なんていう言葉を、いち早く事業そのもので示した強力なコンセプトであった。事業構築のエネルギーと成果を考えるとき、他に類を見ない強烈なパワーを感じる。一方でその後の経営で失敗は中内さんの心とからだに住みついた大きな澱を作る。語録や、関係者への言葉にも、トップダウンや後継者問題をご本人自ら悔いる発言がある。引退後、これらを胸に抱え暮らしていたであろうと考えると、隆盛を極めた時代との格差ゆえ、辛すぎる晩年だと思うのだ。

10年ほど前、新春号の社内報でインタビューアーを仰せつかり、中内さんと直接お話しさせていただいた。ダイエー社内ではカリスマだったが、リクルートでは、「おっさん」呼ばわりする社員も多く(失礼な)、でもそんなリクルートをお好きだと伺った。
それでもあの日の中内さんは、軽妙ないつもの語り口ながら、明らかにオーラの中に座っていらっしゃった。
心からご冥福をお祈りする。

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横須賀

始めて行った横須賀。JRの駅前に港が広がり、遊歩道の公園が芸術劇場まで導いてくれる。
ここはっ、よこーすかー♪って歌のイメージだけで想像した場所とは、まったく違うところ。気持ちのいい空間のお出迎えで、目的のフラダンスのショーのすばらしささえ演出してくれたようだ。


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《ヴェルニー公園から横須賀港を見る》050918_1856.jpg

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東京の緑と温暖化

市ヶ谷のお堀端は、東京では珍しいくらいの緑の香りと木陰がある。
でも今日になってもまだ聞こえるのはセミの声。鎌倉ではもう1週間以上前からセミはいなくなったようで、昼でも秋の虫の声がしている。夏の空気はまだ七里の方で感じることが多いのにね。


《Ichigaya on Sep.18》050917_1251.jpg
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庭とわたし

わたしは生まれも育ちも、東京の三ノ輪という下町である。小学校の校庭は、入学した年が東京オリンピックだったという昔なのに既にアスファルトだった。夫の実家は横浜の白楽で、幹線道路からすぐで、家も線路脇。同居して、家の家事を仕切ってくれている母は、日本橋蛎殻町の出身なので、私以上の筋金入りの東京育ちだ。

とまあ、これは言い訳だ。
何の言い訳かというと、

我が家の庭は荒れ果てている。のだ。

つまりこれまできちんと植物を育てたことがないので、我が家の誰も手入れの仕方を知らない、ということ。
しかし、わたしはアロマ&フラワーセラピストなどという看板を出しているために、そろそろ日に日に、恥ずかしさが増している。


で、一念発起、今週は通路の草むしりと、鬱蒼と茂り視界を遮っていた正体不明のツル科植物(これは断じて前に住んでいた方のものでも、新しく植えたものでもないので、明らかに雑草)の伐採を敢行!
(まだ、写真を出せる状態ではない)
何とかこの連休に、芝の部分の雑草と、枯れたところを取り除いて、元の姿にしたい。

それから先、何を植えようか、とかは、スッキリした庭を眺めながらお茶でも飲んで考える。

せっかくの贈り物である我が家の土と緑を、これからは大切にいたわって行こう、と決めたから、ここに書いて、みんなにチェックしてもらおう、とカミングアウトしちゃいました。

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夢のセラピー

今日会ったセラピストさんが、なんとこの間来日した、Premia League のチームに所属しているオ○○ダ代表の○○○ニス○○ロイのアロマトリートメントを担当された!!とのこと。
○○○ニス○○ロイは、娘の大のお気に入りに○ッカー選手だ!(←ここまで伏字にしなくていい?)

某ホテルのセラピールームに勤務していると、セレブのご予約もあるので、こんなこともあるのだ。

で、ちなみに○○○ニス○○ロイは、アロマセラピーが大好きで、3日連続でいらしたそうである。海外ではこのようにスポーツ選手を始め、男性もアロマセラピーに親しんでいるのだ。そんな話を聞くにつけ、なんとか日本でも、同僚の不健康自慢オヤジたちに、アロマの良さをもっともっとしらせなきゃ、と思うのである。
○○○ニス○○ロイは、プレーも素敵、人間も素敵。だってアロマを受けてるから!

ちなみに聞き及んだ素顔のかれの素敵さは、もったいないからここには書かない。(知りたい人は、こっそり聞いてください。)

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ホット・ストーン・セラピーを体験する

なんと幸せなことに、ホット・ストーン・セラピーを受ける機会に恵まれた。
実は、写真は見たことがあるが、実際にどのようなものかは、体感だけでなく知識としてもこれが初の接触。

黒い石が暖められてカラダに乗る、としか理解していなかったわたしは、黒い石だけでなく白い石があり、また暖かい石だけではなく、白い石は冷やされているのを知り、さらにびっくり。

さて、実際のセラピーだが、セラピストが実際の私のからだの温かさや冷たいところなどを感じて、それに合わせた石の選択や温度の調整などをしながら行われる。マッサージ手技そのものはほとんどが軽擦で、時折石でさすったり圧迫しながら擦ったりということはあるが、全般にはゆったり心地よい動きが繰り返される。
アロマセラピーがハンドタッチと香りだけを感じるのと違い、石の温冷感がなぜか手の感触と入り混じるせいだろうか、自分のからだがどういう状態でいるのかをふっと忘れる感覚が襲う。頭はしっかりα波で満たされ、不思議な空間をさまよった。(そんなわたしは、いびきをかいていたと思われます・・・)

終わったあと、ぼーっとはしているのだが、だるさは感じなかった。さらにどちらかというと地に足がついている感じ。これが土の中から選ばれたストーンの力なのかと気づいたのは、一晩空けた今朝のこと。今日もむしろ上すべることなく、なんだか芯が通ったような感覚に満たされている。

そして、なんとこのところまったく減らなかった体重が、夕べ既に2kg落ちたことも、ご報告しておきます。

ストーンのエネルギーのとりこになりそうだ。

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下川フォレスト&アロマセラピーツアー終了!

盛り沢山で有意義なツアーが終わりました。旭川空港に向かいます。詳細は久々にHPのツアーレポートを更新(数年前のドイツ以来?!)しますので、お楽しみに!


《富良野のファーム富田は今カレンデュラとサルビアが満開!》050905_1718.jpg

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