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江川紹子vs堀江貴文 ひととの距離

報道とはなにか?
現在、インターネット上の放送ソースは、新聞・雑誌、テレビの報道を再録しただけ。
インターネットそのものからの報道(情報をある意図・見識を持って書き起したもの)は、
現在存在していない。
であるならば、個人の感情的な発言も含め、なんら客観的な検討を加えて
いないニュース、あるいはニュース解説は、意味を持つものといえるのか?

江川氏と堀江氏の対談は、遅ればせながらこれについて、
示唆を与える。


もし堀江氏のいう、「市民記者の報道」が成立し、「人気がなければ消えていく、
人気が上がれば大きく扱われる」ということが起こった場合、
人はその他の人の感情を斟酌し、それに共感できるかできないか、
で、世の動きを判断しろ、というのか?まさか、みんながそうだから、
これは正しい、なんていうヤツがいるわけがない、という前提で。
現代はマスコミが正義、正しい論理を伝えているか、と問われれば、
賛成できるものではない。
しかし、今のマスコミは努力をせず、正しい情報も伝えていない、
という理屈も通らない。

堀江氏のはなし。(←長井秀和風)
ここまで極論を言われて、賛同できる人はいまい。
だから、意図はなにか、目的はあるのか、と
問わずにはいられない。
なぜなら、その真意を知りたいのだ。
10にひとつでも賛同するなら、その他の意見も、検討しよう
という気が起きるというものだ。

人気があるものが是、という堀江氏は、
マスコミは自分の意見を歪曲して、ということは本来あってはならないのでは?
それは、そのように思った人が書いた(「市民記者」)ものを
見た人が判断すればよい、といっているのと、全く同じであると思うから。

自分だけは、マスコミの論調に踊らされず、民意というものに押されず、
自分の知識と判断を信じてゆきたい。、
と言ってみることができたなら・・・・。

そして、さらに徹底した確かなまなざしの江川氏には、恐れ入った。

で、堀江さんはいつも人に対するのも、モノに対することと、距離が一緒。
だから気持ち悪くて、みんな質問するのだと思う。
でもほんとはそういう人、結構多い。
江川さんは人によって、距離が縮まったり離れたり、その時によって違っているよう。
人間的だからこそ、その冷静さには感服する。

人とモノを同じで扱う、
または、
人によって距離が変わらない

ヘンだと思う。

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